第93話
イアンが城へと出掛けてようやく静かになった。
窓の外を見れば雲ひとつない快晴に暖かな日が差し込む麗らかな日和。
更に、本日は勉強も稽古も仕事もない完全なオフ。こんな日は家にいては勿体ない。
「そうだ、町へ行こう!!」
そう思ったが吉日ってね。動きやすいように町娘の格好で意気揚々と屋敷を飛び出した。
途中エルスに見つかり護衛を付けるよう言われたが、そんな者がいたら折角の休日が楽しめないと、半ば無理矢理に飛び出した。
「ん~~~~気持ちいい」
久しぶりの開放感。今日ぐらいは令嬢とか暗殺とか忘れて
(そうと決まれば、まずは……)
目に付いた先にはいい匂いを放っている串焼き屋。
「おじさん、一本くださいな」
「あいよ。可愛いお嬢さんだから、おまけで一個多く付けとくね」
「ありがとう!!」
串焼きを受けると、頬張りながら町の中を見て回る。
普段ならば口煩いエルスが「令嬢が買い食いなんてみっともない」なんて言って買うことすら許されないが、今日はそのエルスもいない。今の私はまさに普通の女の子なのだ!!
鼻歌混じりに最後の肉にかぶりつくと、大きな影に覆われた。
「ん?」と思っていると、目の前に人が降りてきた。
「な、な、な、な、な!?!?」
普段の騎士の装いではなく、ラフな格好すぐには分からなかったが、一際目を引く真っ赤な髪に鋭い眼差しでアルフードだと気が付いた。
急に現れたアルフードに驚き、口に含んでいた最後の肉の味を堪能する前に飲み込んでしまった。
「何故ここにいるのか、か?」
言葉にならない声で指さして狼狽えている私を嘲笑うかのように微笑みながら、口を開いた。
「先日の式典の際に、私の部屋から酒をくすねた猫がいたようでな」
──ギクッ
ギロッと睨まれ、嫌な汗が吹き出してきた。ここに来られた時点で犯人はバレバレなのだが、何とか逃げ切りたい。
「へ、へぇ~……アルフレード様でも酒の
顔を背けながらあたかも自分は知りませんと、シラを切るつもりだったが、相手は一枚上手だった。
「おや?私は
(しまった!!)
嫌味を言ったつもりだったが、完全に墓穴を掘った。こんな簡単な誘導に乗ってしまうなんて……!!
悔しそうに唇を噛み締めている姿を見て、アルフレードは満足気に微笑んでいる。
(この男、本当性格悪いな!!)
しかしまあ、盗ったのは間違いないしな。一応謝っとくか……
「あの──」
「ああ、そういえば、盗られた酒は
「………………………」
思わず口を詰むんでしまった。
(ああ~、そりゃ美味いはずだわ)
舌触りがよく、鼻に抜ける甘美な香りがまた一段と……って、納得してる場合じゃない。
国王からの頂き物を盗ったとなれば、それこそ首が飛びかねない。いくら顔馴染みでも、親しき仲にも礼儀ありと言う言葉があるからな。
それに、あの狸親父の事だ。面白がって牢屋ぐらいには入れそうだ。
「…………………しょうは?」
「何?」
「代償はなんなの?ここまで来たということは、私に払わせる気って事でしょ?」
これ以上誤魔化した所で時間の無駄だし、早いとこ話を終えて休日を満喫したいと言う欲求が勝った。
「潔いいな」
「今日の私は完全なオフなの。折角楽しんでいる所を邪魔されたくないから早く要求を言って頂戴。正気こうしてる時間さえも惜しいのよ」
早く続きを楽しみたいと気が焦り、捲し立てるよう言い切った。
「奇遇だな。実は私も今日は休暇でな」
「へぇ~」
だからラフな格好なんだと納得したが、それがなんだ?と適当に返事を返すと、アルフレードが手を差し出してきた。
意味が分からなくて、黙ってその手を眺めていると「行くぞ」と声がかかった。
「は?」
「代償を払ってくれるのだろ?今日一日お前の時間を私に預けてもらおうか」
「はぁぁぁぁぁ!?!?!?」
当然のように言うアルフレードに私は声を張り上げた。
「いや、折角の休暇ですよ!?私と一緒にいるより有意義な時間の使い方ってもんがあるでしょ!?」
「そんなものない」
ビックリするぐらい迷いのない返事が返ってきた。
そちらは問題ないかもしれないが、こちらは問題大ありだ。折角の休暇を潰されてなるものか。
私はあれやこれや言い訳を述べて、何とか諦めさせようと必死に説得したが、全て論破され若干心が折れかかっていた。
「そんなに私と町を歩くのは嫌か?」
「!?」
遂に諦めてくれたと、喜び勇んで首を縦に振った。
「そうか……仕方ない。では、酒の件は陛下とお前の
「………………………」
「さあどうする?」と言わんばかりに目を細めてニヤついている。百歩譲って狸親父には知られてもいい。だが、父様と母様はまずい。人は殺めても盗みはするなと言う人達だ。
顔を青くして黙っていると、アルフレードは踵を返しその場を後にしようとしている。
「──……なんだ?」
自然と手が伸び、アルフレードの服の裾を掴んでいた。
「いや、あの……」
「よく聞こえんが?」
振り返ったその顔はムカつくほどいい笑顔。完全に愉しんでやがるのが目に見えて分かるが、今回に限っては完全に私の負けだ。
「是非、ご一緒して下さい……」
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