第91話

イナンの正体が判明してから三日経った。


イナンは何事もなかったかのように振舞っているが使用人らはそうはいかない。イナンが見張りの目に気づいており、その事について馬鹿にされたとエルスから聞かされた使用人らは憤りを隠せず「シェリング家の名にかけて」と皆が奮起して、本気モードで暗躍している。殺伐とした雰囲気が屋敷を包み込んでいてなんとも居心地が悪い。


皆が一団となっている事に文句を言うつもりはないが、相手があのイナンでは一筋縄ではいくはずない。

その証拠に、後を付けていたのに器用に撒かれて悔しがっている者や、逆に後を付けられていた者を何人か見た。


(完全に遊ばれてるわね)


因みにエルスだが、イナンに言い負かされたのが余程悔しかったのか暫く殺気と気配が駄々洩れで、父であるセバスに叱責されていた。

その腹いせかどうかは分からないがエミールに手合わせを願い出たらしく、外から激しく打ち合う音が聞こえていた。

まあ、結果的にエミールはすっきりした顔で戻って来た。エルスの表情は更に険しくなって戻ってきたけど……


ルドの方は、通常運転……と言いたいところだったが、自分の仕掛けた罠が見破られたことに「プライドが傷ついた!!」と叫んだと思えば、急にほくそ笑み「僕を敵に回したん後悔させたる」なんて物騒な事を言いながらどこかへ行ってしまった。


──で、当の本人であるイナンは相も変わらず私の元へやって来ていた。


「姉さん!!森へ行こうよ!!」

「………ハーデ……イナン。貴方、そろそろ城へ行く時間でしょ?クラウス様が迎えに来るわよ?」


昔の感覚で後ろから抱きついてくるイナンを軽くあしらいつつ言って聞かせるが、イナンは面白くなさそうに顔を顰めている。こんな場面他の者に見られたら堪ったものじゃないので、何度も止めるように言っているが、態度を改めるどころか酷くなる一方で悩みの種になっている。


「そんなの向こうが勝手に来てるだけだし。俺には関係ないね」

「そう言って昨日も逃げ出したじゃない。クラウス様困ってたでしょ?」

「なんだよ。クラウス様、クラウス様って。やけにその騎士を気にかけてるんじゃないの?姉さんそんなの気にする人じゃなかったろ?」


イナンが言っている事も間違いじゃない。昔の私なら他人を構うことなんてしなかった。


「もしかしてと思うけど……その騎士に惚れてんの?」

「んなッ!!!!」


睨みつけながら恐ろしいことを言ってきたもんだから、思わず開いた口が塞がらなくなっていた。


「やめときなよ騎士なんて。姉さんには似合わない」


真剣な表情で諭すように言われた。まさかこの私がイナンに諭される日が来るなんて思ってなくて、ついおかしくなって「ぶふっ」と吹き出してしまった。


「へぇ、心配してくれてんの?」

「は?違うし。昔から色恋沙汰とは無縁の姉さんだからね。男を見る目ないと思って忠告してやってんの。付き合うならまず、男を見る目を養ってからの方がいいよ?」


前言撤回。少し見直しかけた自分が憎い。


(このクソガキは……!!)


とはいえイナンが言っている事に間違いはなく、ぐうの音も出ない程の的確な意見に完全に敗北。


「昔も可愛気なかったけど、更に可愛気がなくなったわね。そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」

「本当の事言ったまでだし。俺は可愛気なんて求めてないからいいんだよ。姉さんは昔より子供っぽくなったんじゃない?それに、こう見えて結構モテるんだよ俺」


自分の顔を見ろと言わんばかりに私の顎に手を乗せて言ってくる。その手を払いならがら「はいはい」と適当に相槌しておく。

一言えば十は返ってくる。そんなイナンの相手に疲れて溜息を吐きながら机に突っ伏した。


「……ねぇ、そう言えばさ。この間言ったこと覚えてる?」

「ん?」


やけに落ち着いた声が聞こえて顔をあげると、険しい顔をしたイナンと目が合った。


(この間……ね)


それはきっとこの国を出るか出ないかと言う話の事だろう。あの時はエルスの登場であやふやになって返事が出来ないでいたんだった。


「悪いけど、俺は本気だよ。今だって連れ去りたいのを我慢してるんだから」

「はあ?」


子供の時のような顔で私に縋ってくる。


そうだった……この子はだった。

警戒心の強い子が一度心を開くとその人に執着する傾向がある。ハーデスはそれが非常に強い子だった。


(まさか次元を越えて継続中なんて……)


更に頭が痛くなり、盛大な溜息を吐いた。


「──何やら物騒な話をしてますね」


コンと軽くドアを叩きながらこちらに視線を向けているのはイナンを迎えに来たクラウス。いつものように胡散臭い笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。


「随分と仲が良いみたいですが、一体いつの間にその様な仲に?……ねぇ?ローゼル嬢?」

「ヒッ!!」


思わず悲鳴が漏れた。

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