第55話

「~~~~ッ!!!!」


誰かが何か言ってる……


「おいっ……~~~~!!!!」


何?聞こえない……


「いい加減起きろ!!!!!!!」

「はっ!!!!」


ガバッと起きるとそこはガルド国でもスリミアでもない。

よく知っている内装。懐かしい匂い。

でクロウとしての生きていた時の自分の自室だった。


じゃあ、私を起こしたのは……?


いつも寝起きの悪い私を起こしに来てくれたのは親代わりであるボス。


……という事は?


そろっと顔を上げると、懐かしいイカつい顔が目の前にあった。

その顔を見て自然と涙が込み上げてきた。


「おいおい、俺の顔は泣くほど怖ぇのか?」

「いや、う、嬉しくて……また顔が、見れた、のが……」


「なんだそりゃ?」とゴツゴツといた大きな手で頭を撫でられ、更に涙が込み上げてきた。


しばらく涙が止まらなかったが徐々に落ち着いて来ると、ようやく今置かれている状況を頭が理解出来る様になった。


確かに私は今までとは違う別の世界にいた。

最後に見たのは焦った表情のクラウスと魔術師の男の不気味な笑み。

これはきっとあの男の術の一部。そう察する事が出来たが……


(出口が分からん)


幻覚だと分かっても、目の前で呑気に笑う顔を見ると胸が熱くなり気を抜くとまた涙が溢れ出そうだった。


「なんか今日のお前は変だな?何か変なもんでも食ったか?」


心配そうに顔を歪めるボスを見て、ギュッと拳を握った。


「……夢物語だと思って聞いてくれて構わないから聞いてくれる?」


私が真剣な表情で言うのを見てボスも真剣な顔で「ああ」と、ベッド腰掛けてちゃんと聞いてくれる体勢を取ってくれた。


一呼吸置いてから今この時までの私はクロウではなくローゼル・シェリングとして生きいていた事。

父様、母様は厳しいがとても愛されて育った事。

沢山の人に出会い、沢山の経験をした事。

そして、今この状況は多分現実ではなく幻想である事を話した。


「──と、まあ、そんな感じで今なんだけど……」


淡々と話すのをボスは黙って聞いてくれた。

全て聞いた後「ん~~」と頭を捻ったかと思うと、凄いいい笑顔を向けてきた。


「そうかそうか、ちゃんとした家族の元にいったのか」


こんな馬鹿げた話、身をもって体験した者じゃなきゃ到底信用出来ないが、ボスは疑うこと無く「良かったな」とガシガシ頭を撫でてきた。

こんな些細な仕草に一々胸が熱くなる。


「それにしてもこれが幻覚とはな……お前、そんなファンタジー世界大丈夫か?ちゃんとやっていけてんのか?」

「まあ、それなりにね」


そう微笑むと「そうか」と微笑み返された。

この人は幻だろうと変わらず私の心配をしてくれる。

この人がいたからこそ、今も過去も生きてこれた。


「──で?これからどうするんだ?」

「え?」

「ここが幻想だと分かっているなら現実世界に戻る方法も分かってるって事だろう?」

「ゔッ」


痛いところをつかれた。


「…………お前、まさかとは思うが……分からんのか?」


項垂れながら何も言えずにいる私にボスの盛大な溜め息が聞こえた。

溜め息をつきたいのはこっちの方だ!!と言ってやりたい所だが、帰り方が分からないのは事実なので黙ってる事にした。


「お前の適当さ加減は変わらんな……だが、まあ、大丈夫なんじゃないか?」

「……ボスの言葉の方が適当でしょ」

「あはははは!!間違いねぇ!!」


前世と変わりないやり取りをしていたら、なんか戻れなくてもいいような気がしてきた。その思いが顔に出てたらしい。


「それはダメだ」

「何も言ってないけど!?」


急に真剣な顔になり、私の心を見透かしてすぐに反論する言葉を言ってきた。


「今のお前には今のお前の人生がある。そんなお前を待っている奴もいるんだろ?」


そんなことを言われたら何も言えなくなる。


今の私はクロウであるがクロウでは無い。

このまま戻れないのならば、クロウとして醒めない夢を見るしか……


ガシャン


何か落ちた音がして床を見ると父様から貰ったナイフが転がっていた。

ナイフには父様が付けた追跡機能GPSの宝石がキラッと輝いていて、まるで父様が戻って来いと言っている様。


もし、私が戻らなかったら父様と母様は悲しむだろうか……

エルスやルド、アルフレードとも会えなくなる。

それより何より、最後に見たクラウスの顔が忘れられない。


焦りと絶望が入り交じった表情。

私が戻らなければクラウスは永遠にその念に捕らわれてしまう。それは本意ではない。


しばらく考えた後、ボスの眼をしったり見た。


「やっぱり戻る」


その決断にボスは優しく微笑みながら私の頭を撫でた。


「そうだな。それがいい。幻覚だろうと最後にお前の顔を見れただけで俺は十分だ」

「ボス……」

「そんな顔するな。きっとまた会える。まあ、また幻覚かもしれんがな」


ヘラッと悪戯に笑うボスを見て、私もクスッと笑みがこぼれた。

それと同時に私の身体が光だした。

きっと帰りたいと強く願ったのが効いたのだろう。


「……じゃあな。元気で暮らせよ」

「あ、ちょっ、ちょっと待って!!!」


身体が薄くなる中、私はベッド脇にある机の引き出しから綺麗に包まれ赤いリボンが結ばれた箱を取り出した。


(良かった……あった)


それは私が渡せずにいたボスへの誕生日プレゼントだった。

幻覚のボスでもボスには変わりない。

ようやく渡せる……


「遅くなっちゃったけど誕生日プレゼント。誕生日おめでとうボス」


そっと渡すと、ボスは驚いた表情で固まってる。

「ボス?」っと再度声をかけると、我に返ったボスが「ありがとう」といいながら受け取ってくれた。


「開けてもいいか?」

「いいけど、折角だから付けて見せてよ。時間が無いから巻でね」


そう言うと綺麗に包装して貰ったのにその包装を無視して勢いよく破り、中に入っているタイピンを取り出し早速付けてくれた。


「うん。似合う。やっぱり私のセンスはバッチリね」


プレゼントしたタイピンにはボスの色である漆黒のオニキスをポイントに付けてある。


ボスはじっとそのタイピンを見つめ俯いたままで、気に入らなかったのかな?と不安がよぎったが、その瞬間思いっきり抱きしめられた。


「ちょ、ボス!?」

「……お前には俺の持っている知識を全て受け渡した。どこに行っても大丈夫だ。だが、それでも不安な事や困り事は出てくる。そんな時は俺らの事を思い出せ」


ボスの言葉は震えていた。


「俺らはいつでもお前の事を想ってる。忘れるなよ?」


顔を上げたボスの顔は涙に濡れ、今までで一番の笑顔だった。

その顔を最後に、私の記憶は途絶えた……

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