第52話

ズーーーーーン…………


目が覚めて直ぐに自己嫌悪に陥った。

昨日の出来事がしっかりちゃっかりクリアに脳内再生されたからだ。


よりにもよってアルフレードにあんな失態……!!!

いや、逆にアルフレードで助かったのか?

いやいやいやいや!!それでもあれは無い!!!

ルドもルドで記憶の一つや二つ消しといてくれれば……!!!


「お嬢様」


威圧感のある冷たい声が聞こえビクッと肩が震えた。

声を聞いただけで分かる。滅茶苦茶怒ってる。


「えっと~~……エルス、さん?」


ゆっくり顔を向けると、その眼は蔑むように酷く冷たい。


「ご、ごめんなさい!!!今回の件は全面的に私が悪うございます!!だけどね、これには訳が──!!!」

「言い訳は結構」


土下座しながら必死に謝ったが、エルスの機嫌は良くなるどころか悪くなる……

射殺しそうな視線がドスドス刺さり痛い。


「で、でも、当の目的の婚約は白紙にできたし、アランとも和解を──」

「アラン?」


この国の王子の名を敬称なしで呼んだことに気づいたエルスの眉間がピクッと反応した。


「おやおや、おかしいですね……一体そのように名を呼ぶような仲になったのですか?」


満面の笑みで私を追い詰めるエルスだが、その目は笑っていない。


(やばいやばいやばい)


仮にもここは敵国。

そんな国の王子と仕方ないとはいえ友達になったなんて言ったら………………うん。とても言えない。言えるはずがない。

とりあえずこの場は誤魔化して、ほとぼりが冷めた頃に全てを話すことにしよう。


「……エルス」


私はまずエルスの怒りを鎮める為に、エルスの上着の裾を掴み上目遣いで甘えるように名を呼んだ。すると一瞬エルスがたじろいだ。

私は知っている。エルスは甘えられるとめっぽう弱いって事を。


「エルス、ごめんね……また心配かけちゃった……」


伏し目がちで気弱な雰囲気を醸し出しながら謝れば、エルスは身体を強張らせ何も言えずに私を見つめている。


よしっ!!いける!!…………と思ったが


「…………………あの方にもそのような顔を見せたのですか?」

「え?」


何か言ったような気がしたが、よく聞き取れず聞き返したが「何でもありません」と顔を背けてしまった。

その後ろ姿が寂しげで今にも泣きだしそうな感じがして、気づけばエルスに抱き着いついていた。


「──なッ!!」


抱き着かれたエルスは目が飛び出さんばかりに驚いた。

幼いころはよく抱き着いたりしていたが、大人になるにつれて抱き着くことなんてなくなった。

まあ、当然と言えば当然なんだけど。


久しぶりに抱き着いたエルスの身体はとても逞しくて大きかった。


「ふふふっ、こんなに密着するの久しぶりじゃない?随分と逞しくなったのね」


その成長を確かめるようにベタベタと撫でまわしていると勢いよく引き剥がされた。


「あ、ああああああ貴方は何をしてるんですか!?」

「なによ、減るもんじゃなしいいじゃない」

「そういう問題じゃありません!!」


「まったく!!」と言いながら再び背を向けたエルスの耳は真赤に染まっていた。

その様子が面白くてクスクス笑みがこぼれた。


「………………………そういえば、団長様がお嬢様が目を覚ましたら来るようにとおっしゃていましたよ」

「え?」


チラッとこちらを睨みながらとんでもない爆弾を落としてくれた。

まあ、呼びつけられるんだろうなぁ。とは思っていたけど今はまだ顔を見るのは、ちょっと心臓に負担がかかりすぎる。


となれば


(うん。逃げよう……)




◇◇◇




「ん~~~~~~迷った」


アルフレードに会わない様に宿舎とは逆方向に歩いていたら道に迷った……

部屋にいるという選択肢もあったのだがエルスの視線に耐えきれず、部屋を出たというのが正解。


「あれ?ローゼル嬢?」


聞き覚えのある声で名を呼ばれ振り返るとそこにはいつもの数倍輝いて見えるクラウスが立っていた。


「クラウス様!!!…………………助かったぁ」


ホッと胸を撫で下ろしていると「どうしました?」と心配そうに顔を覗きこんできた。


「だ、大丈夫です!!!」


この人の顔は間近で見ると心臓に悪い。

慌てて距離を取ったが、私の赤らびた顔にクスクスと笑われてしまった。


「そう言えば、ノルベルト殿下はどうしたんです?」

「殿下は自室で休養中ですよ。昨夜飲みすぎたようで二日酔いでしょう」

「本当にあの人は自分が王子という自覚があるのかしら」


誤魔化すかように言えば、クラウスは困ったように苦笑いをしながら教えてくれた。

あんな奴のおもりの為にわざわざこんなところまで連れてこられて災難だと思う。割と本気で。


「それで?ローゼル嬢は何故こんな所に?」

「いや、それが……」


クラウスに道に迷って困っていた事を話すと「ああ……」となにやら意味深に頷いた。


「この城内は所々で方角を混乱させる魔術がかかっているんですよ」

「え、じゃあ、クラウス様も迷子……?」

「いえ、私は違いますよ。これでも一応ですからね」


聖騎士を強調するような言い方に無性に腹が立った。


(どうせ私は魔術には疎いですよ!!)


ムッとしていると「おやおや」とわざとらしく困ったふうに笑った。

この人、顔はいいけど実は腹黒なんじゃ……?と疑問が生まれた。


「さて、それじゃあ早く行きましょうか」

「え?どこに?」

「アルフレードら竜騎士の勇姿を見にですよ」


そう微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る