第51話

ルドとエルスは慌てて組み敷かれている私の元へと駆け寄ってきた。

いつもと違いトロンとして熱を帯びた表情の私を見て、二人とも一瞬たじろいだ気がした。


「……ルド……?」

「──ッんぐ!!!」


ルドを見上げ名を呼ぶと、ルドは胸を押さえ顔を赤らめた。


「こ、こりゃあかんわ……破壊力が半端やない……」


何を言っているのか分からず、誰でもいいからこの熱をどうにかして欲しくて「ルド……助けて……」とせがんだ。


「~~~~~~ッ!!!お嬢ッッッ!!!!」

「貴方まで何してるんですか!!!」


飛びかかろうとするルドを慌ててエルスが襟首を掴み上げ止めた。


「ッち!!いつもいいとこで邪魔しおって……ん~~、確かにこりゃ師匠のもんやな」

「そんな呑気なこと言ってる場合ではないんですよ!!!早くどうにかしてください!!!」


「急かすなや」と言いつつ、ルドは私の目をジッと見つめてきた。


「ええか、お嬢。僕ん目しっかり見とってよ」


ルドの目は綺麗な菫色から燃えるような赤へと変わっていった。

それと並行して、私の中で沸騰するかと思っていた熱が引いていったが、その代わりにドッと脱力感に襲われそのまま瞼を閉じてしまった……





◇◇◇◇





「これでとりあえずは大丈夫やね」


そう言うとルドと呼ばれる魔術師の男は気を失ったローゼルをゆっくり寝かせた。

規則正しい寝息を立てて眠るローゼルを見ながら脱ぎ捨てたシャツに手を伸ばした。


「……なあ、あんた、僕らがあと少し来るのが遅かったらちゃっかりお嬢手篭めにする気やったろ」


睨みつけながら言う男の言葉に何も返せず黙っていた。

確かにあの状況ならそう思われても仕方の無い事だが、目を潤ませ必死に縋るローゼルを見ればどんな強固な男でもタガが外れるってものだ。


「お前に言われる筋合いはないと思うが?」


この男もタガが外れかかった者の一人だから何も言えずに黙った。


「しかし、あの状況のお嬢様と出会ったのが団長様で助かりました。……他の男でしたら迷わず殺しているところでしたから」


もしあの時、私じゃなく他の男がローゼルと出会っていたなら……


(私もこの従者と同じ事をしただろうな……)


そんな事を考えると、無意識にギュッと拳に力が入った。


そっと眠るローゼルの頬を撫でると私の手に擦り寄ってきた。

その仕草が可愛らしく、堪らなく愛おしい……

そのままゆっくり唇をなぞれば、先程のローゼルを思い出し身体に熱が篭る。

この場に私しかいなければ本能のまま口付けをしていただろう。

まさかこの私がこの様な感情を持つ日が来るとは思いもしなかったが、正直悪くない。


クスッと思わず笑みがこぼれた。


「おい、おっさん。その辺で触るのやめてもらえますぅ?」


ルドはそう言いながら私の手を叩き落とした。

おっさん呼びも初めてだが、この私の手を叩き落とした男は初めてだ。


「……お前のものでは無いだろ?」

「僕はお嬢と主従関係結んどんねんで?ここにおる誰よりもお嬢に近い存在やねん」

「それは聞き捨てなりませんね。私の方がお嬢様と過ごした時間は長いんですよ?」


ルドの言葉に我慢ならぬと従者であるエルスまで出てきた。

この二人は主を大層気に入っているらしい。

まあ、普段の行いから目に見えて分かっていたがここまで互いの独占欲が激しいとは思っていなかった。


(人の事を言えないがな)


いくら主従関係を結んでいる魔術師だろうと長年連れ添った従者だろうと、ローゼルに触れるのは許し難いと思ってしまう。


(私も大概だな……)


「先に言うとくが、おっさんだけにはお嬢は渡せれん」

「ほお?理由は?」

「理由なんて分かっとるやろ。……あんた、王弟やろ?あの王様の弟言うだけでも虫唾が走るっちゅーに、お嬢にまで手を出されたら正直殺さん自信ないわ」


そう睨みつける眼には確かな殺気を含んでいた。


兄上……陛下とは腹違いで歳も離れていた。そんな私を陛下は大層可愛がってくれた。

陛下は私のように力で捩じ伏せるのではなく、言葉巧みに人を追い込むのが得意な人だ。

王になるにはそちらの方が向いているので、私は早々に王位継承権を放棄し陛下に仕える身となった。

後悔はしていない。こちらの方が性に合っているからな。

しかし、陛下はそうも思っていないらしく自身が崩御した際は私にこの国を任せたいと言っている。


当然断っているがなにせ実の息子がでは私に縋りたくなるのも分かる。だが息子は一人だけではない。

次男であるライナーは身体は弱いがその分頭の回転がいい。

兄であるノルベルトは近い内に王位継承権をなくすことになるだろう。そうなればライナーが王位継承一位になる。

私はそれでいいと思っているが体の弱い王などと口喧しい者も少なくない。


そんな王族のごたごたにローゼルを巻き込むなという牽制だろうな。


私は大きく溜息を吐いた。


「……悪いがこう見えて執着心は人一倍あるんでね。渡さないと言うならば奪うだけだ」

「おもろいこと言うな。僕を敵に回すちゅうことか?」

「敵にする気はない。お前はローゼルと契約しているからな。契約している以上私はお前に手は出さん」

「それは、殺っても文句言わんてことやろ?」

れたら。な?」


煽るようにいうとルドは苛立った様子で「上等や!!その言葉覚えとき!!」と言い捨て部屋を出て行った。

残った従者のエルスが呆れたようにお茶を用意してくれた。


「団長様。あの者を揶揄うのも大概にしてください。後々めんどうなんですよ」

「いや、揶揄ったつもりはない。向こうも本気だったろ?……こちらも本気だ」


バキッ


目の前のカップを手にしお茶を啜りながら言うと、エルスの持っていたポットにヒビが入った。


「……本気、とは?もしやと思いますが、お嬢様を……?」


ポットからポタポタ茶がこぼれているが、そんなことを気にするそぶりはない。

それよりも言葉の真意を聞き出したいと言う思いが先のようだ。


「さあ、どうだろうな」

「誤魔化さないでください!!」


自分が従者という立場を忘れて私に掴みかからん勢いで怒鳴りつけていた。


「従者であるお前に教える義理が私にあると?」


あまり権力を笠にするような言い方は好きでは無いが、この場合仕方ない。


「……申し訳ありません……ですが、私はお嬢様の専属従者です。お嬢様の幸せを誰よりも願っているのです」

「それなら心配いらんだろう?」


肯定しているような言い方にエルスの眉間に皺が寄り何か言いたそうだが、自分にはその権利がないと悔しさと無念さ、そしてそんな自分に怒りすら湧いているのだろう、手に持っているポットが小刻みに揺れている。


「ローゼルが起きたら私の元に来るように伝えてくれ」

「……………………承知しました」


俯きながら小さな声で返事が返ってきところで、私は部屋を出た。


己の気持ちを自覚してしまったからには誰かに渡す気も逃がすつもりは無い。

こんな男に目をつけられたんだ。覚悟してくれよ……?

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