第50話

「お嬢様!!!!!」


部屋を出てすぐエルスが駆け寄ってきた。


「──ッ?!!!お嬢様!!!この惨状はなんです!?もしかして殴られたんですか!?腕の傷はどうしたんです!!!!」


壁に寄りかかる私を構うことなく怒涛の如く捲し立ててきた。


「……大丈夫、よ。それより、急いでルドを呼んできて……」

「何が大丈夫なものですか!!!──その熱を帯びた顔…………もしやとは思いますが……」


エルスの顔が一瞬にして変わった。

察しのいいエルスの事だ、何を口にしたのかすぐに分かったのだろう。

ここで大人しくルドを呼んでくれればいいのだが、そうはいかない。


「貴方は阿呆なんですか!?何故そんなものを口にしたんです!!!匂いで分かるはずでしょ!?いや、それよりもあのバカ王子を抹殺して来る方が先……!!!!」


今のエルスは怒りで優先順位が混乱している様だった。

短剣を手にしてアランの部屋に乗り込もうとしているエルスの裾を掴み怒鳴りつけた。


「エルス!!!今はそんなことはどうでもいい!!ルドを早く連れて来なさい!!」


息が上がりつつも鋭い目付きで言えば、流石のエルスも正気に戻ったらしく慌てて走り出した。

私は壁を使いながら何とか自室まで辿りつこうと、ふらつく足に力を入れた。

薬の効果は徐々に強くなっている。もう腕の痛みなど感じないほどに。


何度も倒れかけながら、ようやく部屋の扉が見えホッとしたのがまずかった。

一気に気が抜け、その場に倒れ込んでしまった。


「──おっと」


寸前の所でよく知る匂いに包まれた。


「ローゼル嬢?どうした?具合でも──……!?」

「………あれ?閣下………?」


もうこの時には思考が上手く働かず、トロンとした目で甘えるような声でアルフレードに声をかけていた。

その様子にアルフレードは目を見開いて驚いた。


「何があった!?この装いは……!!!顔が赤いぞ!?頬の腫れはなんだ!?腕には傷まであるじゃないか!!誰にやられた!!」


胸元の破れたドレスを見て、すぐに上着を脱ぎ羽織らせてくれた。

アルフレードは本当に心配しているようで、普段なら見せない焦りの表情を隠しきれていない。


「……閣下……熱い……」


アルフレードの胸に顔を寄せ、スリッと頬ずりした所でアルフレードが何かを察した。


「──お前ッ!!まさか、盛られたのか!?」


流石は団長、勘がいい。

私自身もこんな姿を見られるのは屈辱でしかないが、もう自我が保てない程に薬が回って来ていた。


「誰に盛られた!?──クソッ!!!ここじゃまずい!!!」


アルフレードは私を素早く抱き上げると、私の自室へと運んでくれた。


バンッ!!と扉を蹴り開け、優しくベッドへと寝かせてくれた。


「飲めるか?」


テーブルの上にある水を手にし飲むように促すが、上手く飲めない。

口元から溢れるのを見てアルフレードは自らの口に水を含み、そのまま私の口へ……


──ゴクッン……


大きく喉を鳴らし水を飲み込んだ。

その水が何故かとても美味しく、もっと飲みたいという衝動に駆られた。


「……はぁ……もっと……」


気づいたら甘えるようにアルフレードの服を掴み懇願していた。

アルフレードは一瞬戸惑った顔をしたが、再び水を含みそれを私の口へ。

口を離したアルフレードは艶っぽく、思わず目を奪われてしまった。

そのままアルフレードは私を優しくベッド寝かせてくれ「しばらく寝とけ」と背を向けてしまった。

それが無性に腹立たしく、悲しかった。


「こっち向いて……お願い……」


そう声をかけるが、振り返る素振りは無い。


「……なんで……こっち見てよ……お願いだから……」


泣きそうになりがら懇願するとガシガシ頭を掻きながらアルフレードが振り返った。


「クソッ!!そんな声を出すな!!手を出さないように我慢しているこちらの身にもなれ!!」


そう言うと荒々しくシャツを脱ぎ捨て、鍛え上げられた肉体を晒してきた。


「煽ったのはそちらだからな……もう止められんぞ?」

「閣下……」


ギシッと音を立ててベッドに上がり、私に覆い被さってきた。


「──アルフレード」

「え?」

「アルフレードだ。……ローゼル」


ゾクッとする様な低い声を耳元で囁くように言われた。


先程アランに組み敷かれた時には鳥肌が立つ程の嫌悪感しか無かったのに、アルフレードが相手だと全然嫌ではない事に気がついた。


「……アル、フレード……?」

「そう……いい子だ……」


見たこともない笑顔で頭を撫でられ、思わず私の心臓が跳ね上がった。


ドキドキと今までに無いほど心臓が脈を打っていて、不意に止まってしまうんじゃないかと思うほどだった。


そして、再びお互いの唇が重なりそうな所で勢いよく扉が開かれた。


「ちょっと待ったァァァァ!!!!!」

「早まってはいけませんよ!!!!!」


扉の所にいたのは当然、ルドとエルスだった。

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