第49話

ザシュッ!!!


「なにをッ!!!」

「……残念ね王子様。私を手籠めにしたいなら四肢を切り落とすぐらいしなきゃ」


また勝手に口が動く前に太腿に付けていたナイフを素早く取り出し自分の腕を切りつけ意識を腕に移した。

そしてその勢いのままアランを押し倒し、頬スレスレにナイフを突き刺した。……まあ、ちょこっと血が滲んでしまったがそこはご愛嬌。


さて、形勢逆転されたアランは粋がっていた先ほどとは違い、顔面は真っ青だ。


薬を使われて焦ったが、唯一の救いは神経性の麻痺がなかったこと。

鈍いがまだ身体の自由は効く。

アランの敗因はこれ。


「いいこと。私はあんたなんかと結婚するつもりは毛頭ないの。この国に来たのだって話の通じないあんたらに直談判してこいって言われてきたのよ?……因みに話が一方通行だったらしてれば何をしてもいいと許可を得ているの……例えば四肢を切断させてもね?」


ベッドに突き刺さっているナイフを引き抜きアランの腕の付け根に突き立てた。


「そんなことすれば父上が黙っていないぞ!!戦争が起きてもいいのか!!」

「上等じゃない。やれるもんならやってみればいいわ。シェリング家が全力でガルド国に手を貸しましょう」

「………………」

「というか、こんなことをして靡く女なんてこの世に一人もいないわよ。少し考えればわかるでしょ?」


溜息交じりに言えば視線を下に落とし、黙ってしまった。


「……まったく、あんたはあの戦闘狂より少しは常識を持っていると思ったけど違ったみたいね」

「ッ!!!じゃあどうすればいい!!こんなに欲しいと思った女はいないんだ!!」


今度は顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけてきた。

本当に忙しい人だ。


アランは恋愛というものをしたことがないのだな。

しかし、こちらも恋愛の恋の字すら無縁の人間。

言葉に詰まっているとアランが更に続けた。


「父上に相談したら、女など既成事実を作ってしまえば逃げることは出来ぬと」


あのクソ親父の仕業か!!!


「イルダもそれが一番手っ取り早いと薬をくれたのだ」


イルダお前もか!!


(分かった……)


この王子、よく言えば純粋。悪く言えば馬鹿だ。

いや、元から分かっていたが、ここまでだとは思っていなかった……


「はあ~~~~~……いいですか?こんな事は馬鹿のする事です。恋愛関係に疎い私でも分かりますよ?」

「……しかし……」

「しかしもカカシもありません。現に貴方の好感度はダダ下がりで寧ろマイナスです」


私が額を押えて言うと「そんな!!」と声が聞こえた。

むしろ好感度が爆上がりした方がおかしくない?

私はどっかの誰かさんみたいにそんな異常性癖の持ち主じゃないの。


そんな事を思っていると、グラッと目が回るような感覚に襲われた。

何とか持ち堪えたが、時間が無い。


「……アラン殿下……私の事を想ってくれるのは嬉しいのですが、やり方がまずかったですね」

「……………すまない」


うん。ごめんなさいが言えるのならまだ救いようがある。


「貞操が狙われる国には私とていたくありません。出来れば明日中にも国へ戻り……」

「待ってくれ!!!確かにそう思われても仕方がないと思うし、引き止める資格もない。だが!!少しでいい。私の事を見てくれないだろうか?」


ガバッと飛び起き、土下座する勢いで頼み込んできた。

その言葉に私の怒りは頂点に達し、アランを力一杯蹴り上げ壁まで飛ばした。


「この期に及んで自分を見ろだと?戯言を言うのも大概にしろ。心底気分が悪い」


蔑むように見下ろしながら言うと、流石に諦めがついたのか黙ってしまった。

フーッと息を吐いて、早いとこ部屋を出ようと踵を返すと後ろから啜り泣く声が聞こえてきた。


「………ほ、本気だったんだ……本気でローゼルが……」


みっともなく泣いているアランを見て、先程の怒りがスゥと消えていくのが分かった。

ゆっくりアランの傍に寄り、頭にポンッと手を乗せた。


「貴方は間違った行動をしてしまった。それはもう後悔しても覆されることは無いの。だから、次に好きになる女性には真剣に向き合いなさい」

「私は貴方がいい!!!」

「それは無理ね。私、馬鹿の尻拭いで一生を過ごしたくないもの」


「そんな……」と絶望の表情を浮かべるアランに、深い溜息を吐いた。


「……まあ、結婚は御免だけど、友達としてなら考えてあげなくてもよくってよ?」


その言葉に今まで俯いていた顔が上がった。


「けど、条件があるわ。今貴方の評価はマイナスなの。せめてプラスにならないと友達とは呼べないわね」


チラッと横目でアランを見ると「それでもいい」と言った。


「友達としてでも貴方と繋がりが持てるのならそれでいい。評価も上がるように努力しよう」


その目にはしっかりとした覚悟の色が見て取れた。

これなら大丈夫。そう思えた。


「それじゃあ、私のご機嫌取り頑張ってね。


そう呼べば、嬉しそうに顔を輝かせていた。


改めて部屋を出ようとすると、ガタッと体勢を崩した。

慌てたアランが支えてくれ倒れ込むことはなかったが、時間切れが近いことを示していた。


アランはすぐにイルダを呼んでくると言ったが、あの人が大人しく解いてくれる訳がない。


「……大丈夫。に詳しい者がいるから」


「しかし……」と引き留めようとするアランの手を振り払い、ふらつく足取りで部屋を出た。

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