幕間 もしも、不思議の国のアリスの世界だったら……

※本編と関係の無い筆休め回です。




──ある天気の良い昼下がり。アリスローゼルが大きな木の根元でシャーリンに本を読んでやっていると、大きな懐中時計を手にしたウサ耳を付け颯爽と走り去って行く白ウサギクラウスを見た。


「待って!!ウサギさん!!」


好奇心旺盛なアリスは妹の事などそっちのけで白ウサギを追いかけてしまった。


「ウサギさん!!」


アリスは白ウサギを追うのに夢中で足元にある大きな穴の存在に気づかず、そのまま足を滑らせて穴の中へと落ちていった。


その穴の中はまるで異次元空間のようで、落ちる速度もゆっくりとしていて不思議なことに穴の中には大きな本棚が置かれていて、その棚には沢山の本が並べられていた。

ようやく地面に足が着いた時、アリスの視線の先に白ウサギが走っていく姿が見えた。

慌てて後を追うと、今度は目の前にドアが現れた。

ドアを開けてみるとその先にはまたドアが、その先にもまたドアが……

しかもドアを開ける度にドアが小さくなっている。最終的にアリスが到底通れそうにないほど小さくなってしまった。

そのドアの鍵穴から先を覗くと懐中時計を手にした白ウサギが走り去っていく姿が……


「ちょっと!!待って!!」


辺りを見回して鍵を探すが、見当たらない。その代わり、小さなテーブルに置いてある小瓶に目がいった。

その小瓶には何やら液体が入っていた。


「……何これ」

「それはここを通る為の薬さ」


怪訝に瓶を見ていると、ドアノブノルベルトが喋りかけてきた。


「それを飲めばここから通れる」


そうアリスに伝えるドアノブだが、アリスの顔は曇っている。


「どの世界に喋るドアノブの言う事を信用する阿呆者がいるのよ。どうせ適当なこと言って私を騙すつもりでしょ?」

「は?私がそんな小癪な事すると思うか?」

「むしろ思わない方がおかしいわよ」


即座に否定するドアノブだが、アリスは蔑むようにドアノブを見つめ


「私にはその怪しい薬は不要よ」


そう言うなり手に持っていた小瓶を置くと、スカートを捲りあげ太腿に付けておいた短剣を手にした。


「……え?ちょっと待て……」


ドアノブは嫌な予感がしてアリスを止めようとしたが、その言葉に耳を傾けず勢いよく壁を斬りつけた。


ガラガラガラ……!!!


目の前の壁は一瞬にして瓦礫とかした。


「さあ、行かなきゃ!!ウサギさん---!!!」


素早く瓦礫を乗り越え、意気揚々とアリスはウサギを追った。


「クソッ!!私の出番はこれだけなのか!?」


瓦礫の中ではドアノブが何やら喚いていたが、その声を聞く者はいなかった。



❖❖❖



白ウサギを追いかけてやって来たのは、アリスの背丈ほどある花や草の生い茂る森のような場所だった。

よく見るとその植物達は自分の意思で歩いたり歌を歌ったりしているではないか。


「ええーーーー面白ッ!!!」


普通の人間なら驚くだろうシチュレーションでもアリスにとってはテーマパークの様で、目を輝かせ花々の歌う声を聞きながら先へ進むと、頭上から声がかかった。

声のかかった方を振り返ると、木の上にピンク髪に猫耳を付けタバコをふかしているチシャ猫アルフレードがいた。


「お前、何しに来た?」

「懐中時計を持った白ウサギさんを探してるの。猫さん見なかった?」


そのチシャ猫はタバコをふかしながら、めんどくさそうに口を開いた。


「そのウサギならあっちへ行った。……だが、お前、行けば死ぬぞ?」

「あら、こう見えて結構強いのよ?私」


眉間に皺を寄せながら助言してくれたチシャ猫にアリスは「喧嘩上等」と言うように微笑みながらその言葉に応えると、チシャ猫はニヤッと含みのある笑顔を向けてきた。


「面白い女だな。よし、私もついて行ってやろう」

「え!?結構です!!」

「そう言うな。ここで会ったのも何かの縁だ」


即座に断るが、チシャ猫は気にすることも無くアリスの後をついて行った。

しばらく二人で歩いていると、家が見えてきた。


中を覗くと、楽しそうに笑う帽子屋父様と茶色のウサ耳を付け微笑んでいる三月ウサギ母様がお茶会を開いている様だった。


丁度喉が渇いていたアリスは空いている席に座り目の前にあったカップに手を伸ばすと……


ドスッ!!!


アリスの手元ギリギリでケーキナイフがテーブルに突き刺さった。


「いけないわぁ~、貴方達招待状をお持ち?」

「そうだ。ここはもう満席だ。お前達の座る席は無い」


おかしなことを言う。

見たところこの茶会に来ているのはこの二人以外見当たらない。


「勝手に座ったことは謝るわ。だけど席が空いているんだから別にいいでしょ?」


再びカップに手を伸ばすとパリンッとカップが割れ、中の紅茶が流れ出た。

カップを割ったであろう小刀は木に突き刺さり、投げたであろう帽子屋は真顔でこちらを見ていた。


アリスは持ち手だけになったカップをテーブルに置くと、勢いよくテーブルをバンッと叩き、その衝撃で持ち上がったケーキナイフを帽子屋と三月ウサギに向けて投げつけた。


しかし、そのナイフは二人にかすり傷すら付けることが出来ず全て回収された。


沈黙の中互いに睨み合っていたが、その間を懐中時計を持った白ウサギが駆け抜けて行った。


「ウサギさん!!!!」


帽子屋と三月ウサギをその場に残し、ウサギを追いかけるアリス。


「おいッ!!」


その後を慌てたようにチシャ猫が追いかけて行った。

残されたのはナイフを握りしめた帽子屋と三月ウサギ。


「何だったのでしょうね?」

「さあ?まあ、いいじゃないか。二人で楽しもうじゃないか」


帽子屋と三月ウサギはアリスの事は忘れて、再びお茶会を楽しんだ。



❖❖❖



「ウサギさん!!!」

「おいっ!!待て!!この先はまずい!!!」


チシャ猫が慌てた様に何か言っていたが、アリスの耳にはその言葉は届かなかった。


そのまま走り続け辿り着いた先には立派な城が建っており、白ウサギがその城の中へ入って行くのが見えた。


アリスは躊躇することなく城の中へ。


するとそこには、庭園に咲いている白薔薇を赤く塗るトランプの服を着た衛兵エルスがいた。


「何をしてるの?」

「これですか?ここの王は赤が好きなお方で、白薔薇を大層嫌うのです」

「……白薔薇を植えたら殺されるの?」


アリスが鋭い視線で問いかけると、衛兵はフッと微笑んだ。


「まさか。私が王などに殺されるものですか」

「じゃあ、何故……?」


と聞き返した時、背後に悪寒が走った。

振り返るとそこには赤と黒を基調とした服に身を包み、真っ黒な髪によく映える金の王冠を被った王様ルドが現れた。


「おやぁ?僕は赤の薔薇を植えといてって言っとったはずよなぁ?これは何色や?遂に目まで馬鹿んなったよぉやのぉ?」


先程まで塗っていた赤のペンキを指でなぞり、これ見よがしに衛兵に見せつけながら王様が言った。

それも、人を小馬鹿にした態度で……


「……申し訳ありません。ですが、すぐにので」


そういうなり衛兵は王様に剣を突きつけた。

どうやら王様の血で白薔薇を赤い薔薇に染めるつもりらしい。


「自らの血が薔薇の栄養分となるのですよ?この上ない幸運なことでしょう?」

「はっ!!僕に勝てると思ってんの?衛兵ザコの分際で」


一発触発な雰囲気にアリスは少しワクワクしていたが、そのワクワクは瞬時に消え失せる事になった。


「ちょっとお待ちなさい」


止めに入ったのはアリスが追いかけていた白ウサギだった。


「陛下、ただ今戻りました」

「随分遅かったやないか」

「申し訳ありません。少々道に迷ってしまって」


白ウサギは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ウサギさん!!!」

「おや、貴方は私の後を付き纏っていたお嬢さんですね」


アリスが声をかけると白ウサギはその美しい顔を近づけアリスの顎を上げた。


「貴方のお陰でこのザマです。この責任どう取ってくれるのでしょうね?」


どうやらアリスを撒こうとしていたらいつの間にか道に迷っていたらしい。

そんな事知ったこっちゃないアリスは馬鹿正直に言い返した。


「そんなの自業自得じゃないの?それを人のせいにするなんて顔に似合わず随分と傲慢なのね」


まさか言い返されると思いもしなかった白ウサギは目を見開いて驚いた。

横ではチシャ猫が腹を抱えて笑っている。


「それに、そんな事言うなら私だって貴方を追いかけて、こんな所まで来ちゃたんだから責任取ってくれるの?取れないでしょ?それと一緒よ」


更に鋭い目付きで捲し立てられた白ウサギは耳をピシッと立て、ゾクッとした感覚に襲われていた。


「……私にそんな口を聞くとは……新鮮で愉快で堪らないですね」


白ウサギは獲物を捕えるような目付きでアリスを見ているが、アリスは一切目を逸らさずジッと白ウサギを睨みつけていた。

その行動に白ウサギは更に興味を魅かれた。


「そんな事はどうでもええ」


そう口を開いたのは王様。


「僕の庭園に白薔薇なんてもんを植えたのはどこのどいつや?毎度毎度、僕言っとるよなぁ?薔薇は赤以外許さへんて……」

「なによ。赤でも白でも美しいなら色なんて関係なじゃない。随分と心の狭い王様ね」

「はぁ!?」


あまりの横暴ぶりに腹が立ち文句のひとつも言いたくなり、ボソッと呟いたつもりだったのだがしっかり口に出していたらしい。

その事に気がついて慌てて口を塞いだが今更遅い。


「ほらご覧なさい。初対面のお嬢様にも貴方の考えが古臭いと分かるんですよ。赤い薔薇なんて今更流行りませんよ?」

「お前は僕の衛兵やろ!?なにお嬢側になっとんねん!!!」


捲し立てるよういう王様だが、アリス達は至って冷静だ。

アリス達の冷ややかな視線に耐えかねた王様が顔を真っ赤にして叫んだ。


「もうええ!!こうなったら裁判や!!!」




❖❖❖




「裁判って……ここで?」


アリス達が連れてこられた先は闘技場。


「そうや。この世界は力が全てなんよ。簡単なこんや、弱いもんは強いもんに負ける。それだけや」


そう言いながら上着を脱ぎ捨て準備運動をする王様を見ていたチシャ猫の口角が上がり、意気揚々と剣を取り出した。


「面白そうだな。私も参加しよう」


チシャ猫だけではなく衛兵も白ウサギもやる気満々で剣を構えている。


「お嬢様はどうします?……まあ、女性に負ける者がいるかどうか……」


衛兵が嘲笑うかの様にアリスに問いかけてきた。

当然、アリスも参加すると口にした。

チシャ猫と白ウサギが止めてきたが、こんな楽しそうなイベント出ない方が損をする。


四人は闘技場の中央へやって来ると、先程会った帽子屋と三月ウサギがいた。


「私達が審判よ」

「剣が振れなくなった時点で失格。勿論、命を落としても失格だ」


どうやら命の保障はないらしい。


「棄権するなら今ですよ?」

「一度言った言葉を取り消すなんて、そんなみっともない事するはずないでしょ?」


「へぇ?」と見下す衛兵をアリスは一番最初に殺ろうと心に決めた。


「さあ、準備は宜しくて?」


三月ウサギの問いかけに皆一様に返事を返した。


「早うし」

「いつでもどうぞ?」

「全く、皆様せっかちですね」

「久しぶりに暴れられるな」


「おっけぇ。いつでもいけるわよ?」


アリスの言葉を皮切りに、帽子屋が開始の合図を出した。

一斉に飛び掛かっていく中──





「……す……リス……」


アリスの耳に誰かを呼ぶ声が聞こえる。


「アリスお姉ちゃん!!!!!」


ハッ!!と目を覚ますと、そこは闘技場でも城の中でもない。

緑が生い茂る丘の木の根元だった。


「……ここは……?」

「お姉ちゃん大丈夫?なんか笑ったり魘されたり忙しかったけど……」


心配そうにアリスの顔を覗き込む妹を見て、先程までのは夢だったと分かった。

夢だろうと誰一人負かせずに目を覚ました自分が許せなくて、残念で悔しかった。

ギュッと拳を握りしめているアリスを見て、妹はどんな夢を見ていたのか気になったが追求せず「帰ろう」とアリスの手を掴んだ。


どんなに悔しがっても仕方ないと、アリスが立ち上がり帰路へ着こうとした時……


「勝負はまだ付いてませんよ?」


と、耳元で囁かれた気がして振り返った。

すると、そこには手を振りがらアリスを呼ぶ白ウサギの姿があった。


アリスはまだ夢を見ているのかと思ったが夢では無いと分かると自然と顔が綻んだ。


アリスの不思議で愉快な体験はまだまだ始まったばかりの様だ……

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