第85話

ガヤガヤと賑わう会場の真上、天井裏に身を隠し少しばかりの穴を開け全体を見渡している。流石国の一大事という事もあり、集まって来る者が多い。


そんな中、目についた令嬢がいた。


(あれは……)


それは元王子であるノルベルトの婚約者だったシャーリン。その顔はあまり浮かない。大方父であるオースティン伯爵に連れられてきたのだろう。


ノルベルトが平民になり同時に婚約は解消された。ノルベルトの素行の悪さは今始まった事ではなかったのでそれほど騒がれなかったが、婚約やであったシャーリンは違う。

世間ではシャーリンを悲劇のヒロインのような目で見て、令嬢達の間では腫物を扱うかのような態度やよそよそしい態度に嫌気のさしたシャーリンはここ最近公の場に姿を現さなかった。


久しぶりに見たシャーリンは若干やつれた様な感じはするものの、その愛くるしさは変わっていない。


(元気そうでよかった……)


そう胸を撫でおろした瞬間、ワァッと場の空気が変った。


(やっとお出ましか?)


釘いるように会場に目を向けていると、真っ白なローブで顔を隠した集団が入って来た。背中には満月をイメージしたような紋章が入っている。


国王の前まで来ると、一斉に膝をつき頭を垂れてた。その異様な光景にその場にいた者は勿論、私も息を飲んだ。


「この度はこちらの要求をお聞きくださり有難うございます」

「いや、礼を言わねばらなんのはこちらの方であろう。――……それで、我が国に訪れる災厄とはどんなものか?」

「今はまだ分かりません。ですが、ご安心を。こちらのイナンが必ずや幸運へと導いてくれます」


代表の者が名を口にするとスッ、一人が立ち上がり頭を下げた。


「ご指名に預かりましたイナンと申します」

「ほお、そなたが噂の……」

「はい。私はこの力で皆様の幸福と幸運の手助けをしております」


会場にいた貴族からは歓声が上がったが、一部の貴族は疑いの目をしている。


そりゃそうだ。私とて胡散臭いと思っているんだから。こんなのマルチ商法のやり口と一緒だろ。


「……私の力を信じられない方がいらっしゃるようですね」


その言葉に疑いの目を向けていた者らの動きが止まった。


「そうですね……では、一つだけ。進言させていただきましょうか」


そう言いながらこちらの方を見た。……ような気がしてビクッと肩が震えた。


(まさかね)


「あそこ、天井裏に大きなネズミが入り込んでいるようですよ」

「─────ッ!!!!!!!」


今度は的確に私がいる場所を示しながら言い切った。

会場にいた父様と母様、それにアルフレードまでもが目を見開いて驚いている様子が見えるが、それどころではない。まさかこんな素人にバレるとは思っていなかった私は焦った。


(ちょっと、嘘でしょ!?)


会場内も侵入者がいると騒ぎになり始めている。今回の件はクラウスには話が入っていないので、クラウス率いる聖騎士達が慌ただしく動き始めた。

こうなったからには逃げるしかない。


(チッ)



◇◇◇



式典は一旦中止されたが、クラウスに経緯が伝えられると直ぐにその場を収め式典は続行された。自分だけ聞かされていなかったと知ったクラウスは不満そうに顔を顰めていたが、こればかりは致し方ない。


そして私と言えば、青々茂っている木の上で望遠鏡片手に会場を眺めていた。もう片手にはアルフレードの部屋から失敬してきた酒瓶を持っている。


皆が飲んで騒いでるのに自分だけ飲まないのはやってられないと一番高そうな酒を持ってきた次第だが、これは必要経費であって決して盗んだ訳では無い。


「あのイナンとかいう男……只者じゃないわね」


星詠みの奴らは顔を見せてはいけないという決まりでもあるのか、フードを深く被ったままで顔が一度も拝めていない。


「あそこまで隠されると逆に顔が気になるわね」


そう呟きながら酒を煽った。


「あれ?」


少し目を離した隙に、先程まで目で追っていたイナンの姿がない事に気が付いた。

慌てて会場を見渡すが、同じ服装に同じ背丈の者ばかりで区別が付かない。


「くそ、しっくた……!!」


こうなったからにはもう一度会場内に入るしかないか。


本来なら一度見破られた場所に戻るのは危険なのだが、そんな事を言っている場合では無い。

すぐに木を下り、会場に向かおうと踵を返したところで背後から声を掛けられた。


「おや?」


この時の私の心境を例えるのならば窮途末路。

城では星詠みを迎える華やかしい宴が開かれているのに、こっちは全身黒ずくめ。見た目からして招待客ではない。これは完全に言い逃れが出来ない状況。

対象者を見逃した挙句にこの失態。しかも相手が悪い。


(なんでこんな所に!?)


先ほど見失ったイナンがそこにいた。


「貴方は先ほど天井裏にいたネズミですね。まさかこんな可愛らしい女性だとは驚きです」


相変わらず顔は隠しているが口元が綻んでいるのはよく見える。


「……そうね。今更言い逃れはしないわ」

「随分と潔がいいのですね」


こうなれば言い訳はしない。見苦しい言い訳をするよりも潔く認めた方が断然いい。


「…………………………」

「ん?」


急に黙ったかと思えば、こちらを黙って見つめているように微動だにしなくなった。


(なんだこいつ)


怪訝な表情を浮かべながら咳ばらいをすれば、ハッと正気に戻ったイナンが慌てて頭を下げてきた。


「申し訳ありません。女性をまじまじと見るものではないですね」

「そんなに私の容姿は可笑しかったのかしら?」


冗談交じりに言っているが、ここで肯定的な答えが返ってきたらただではおかない。ぶっ飛ばしてやる。


「いえいえ、そんなことありません。よく知った方に雰囲気が似ていたのですが……気のせいだったようです」

「そう」


理由は分からなかったが、少なくとも私の容姿は変ではないという事は分かった。


そんな会話をしていると、遠くから「イナン」と呼ぶ声が聞こえた。


「おや、もう時間ですかね」

「そうね」

「ああ、ここで貴女にあった事は口外しないので安心してください」

「そう言ってもらえると助かるわ」


結構真面目口外しないでとお願いしたい。


「では、またお会いしましょう」

「………………」


軽く会釈をしながら声のした方に向かって歩いて行くイナンを黙って見送った。

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