第86話

その翌日……父様に呼び出された。


「ローゼル。何故呼ばれたか分かるか?」


部屋に入った瞬間、私は窮地に立たされた。


何故か分からないが、至極機嫌の悪い父様に睨まれているのだ。額には嫌な汗が吹き出し、目すらも合わせられない。


考えられる事は昨夜の出来事だが、あの場面は誰にも知られていないはず。最悪知られたとしても、あの程度の事は許容範囲内……だと思ってる。


「お嬢、悪いことは言わん。早う謝ったほうがええ……」


一緒に呼ばれたルドが耳打ちしてくるが、ここで謝ったら逆効果なんだよ。


まず、この場に呼ばれた理由原因を話してから、その件について釈明後謝罪。理由も分からず謝罪なんかした日にはそれこそ死亡フラグが立つ。


ただ今回に関しては原因の確証が得れないので、釈明のしようもなく完全に蛇に睨まれた蛙状態。そんな私を見かねた父様が深い溜息を吐き捨てた。


「……お前は本当に……」

「えっと……?」

「星詠みの者と接触したな?」

「────ッ!!!!!!」


一層鋭い眼を向けられ、ビクッと全身の毛が逆立った。


(やっぱりその事か!!!)


「しかも相手が良くない。……なぜ報告しなかった?」


完全に父の表情から尋問官の表情に変わっている。隣のルドも父様の威圧にやられていつもの軽口を封印して大人しくしている。


(というか何故バレた!?)


あの場には私とイナンの二人だけだったはず。


(さては密告!?)


考えられるのはイナンが約束を破ったという事。むしろそれしかない。


(あの野郎、言ってることが全然違うじゃない!!)


文句は言いたいほどあるが、今はそれどころじゃない。

早くこの場を収めるなければ威圧で吐きそう……こうなってしまったら致し方ない。覚悟を決めるしかない。


私は深く息を吐き、父様と向き合った。


「報告が遅れて申し訳ありません。ですが、それは報告するまでもないと思ったからです」

「ほお?」


射るような冷たい眼で見られ、一瞬怖気づきそうになったがグッと堪えた。


(ま、負けるな私……!!)


「た、確かに接触はしましたが、会話と言う会話を交わしたつもりはありませんし、あちらからも敵意は感じられませんでした」


まあ、この程度で納得してくるとは思っていないが嘘は言っていない。


父様は一切目を逸らさず、こちらを見ていた。ここで私が目を逸らせば完全に負ける。

目を逸らしたい衝動に駆られながらも死ぬ気で頑張った。


暫くすると、小さな溜息が聞こえた。


「分かった……」


先ほどとは打って変わって頭を抱え始めた父様を見て一体何が起こっているのかと更に困惑した。


「お前はもう少し人の感情を察する能力を身につけなさい」

「は?」


今の会話の中でどこに人の感情を知るに至る場面があった?


「……その話した相手、イナン殿で間違いないな?」

「え、ええ」

「そのイナン殿だが、滞在先に我が家を選んだ」

「ん!?」


父様が言った言葉が脳裏を駆け巡るが、何を言っているのか理解が追いつかない。


「お前が言う会話が、相手にとっては何か重要な意味合いがあったのかもしれない」

「いや、そんなはずは……」


重要な意味合いが会話にあった……のか?


そう言われると自分の発言に自信がもてなくなり、言葉に詰まり黙ってしまった。


「向こうからのたっての希望らしく、陛下もならばと了承した」


シェリング家うちを指定するなんて、あの陛下からすれば願ってもいないことだっただろうな。

この屋敷にいるのは暗殺や暗躍に手慣れた者らのばかり。自らライオンの檻に入ってきたようなもの。城に滞在していた方が安全圏だったろうに……


(あの親父がほくそ笑んでいる姿が思い浮かぶわ)


「何かあってこちら側が訴えられるのだけは避けたい。そこでだ……」


父様はルドに視線を向けた。

それだけで言いたいことは十分に理解したルドが先に口を開いた。


「なるほどな。そいつを監視つつ、尚且つ何かあった時の為に映像に残しておきたいっちゅう事か。まあ、その程度なら余裕やね」

「話が早くて助かるな」


得意気に話すルドに父様の機嫌は少し落ち着いた様に見えた。


「滞在期間は二週間。向こうの思惑が分からない以上、屋敷にいても気を抜くんじゃない。分かったな?」

「……………はい」


遂に自分の家でも気を抜けない生活になってしまった……

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