第87話
眩しい朝日が差し込み、鳥の囀りで目が覚める。そんな麗らかな日和なのに私の気分は曇天……
「しばらくの間お世話になります」
そう挨拶するのはフードを取り、初めて顔を見せたイアン。
どんな顔をしているのだろうと気になっていたが、良くも悪くも普通。琥珀色の目を細め笑う顔は何処にでもいる青年と言う感じ。
まあ、身近に顔面偏差値が
「今回私がイアン殿の護衛役を承りましたので、付き添いのついでにご挨拶に伺いました」
そう言って頭を下げるクラウスだったが、顔を上げるタイミングで何やら目で合図を送って来た。どうやら聞かれたくない話があるらしい。
あんまり二人きりにはなりたくなかったが、仕方ない……
「エルス。部屋にご案内してあげて」
エルスもクラウスの合図に気づいていたらしく、すぐにイアンを部屋へと連れて行ってくれた。流石、出来る執事は違う。
イアンの姿が見えなくなったところで、クラウスが傍に寄ってきた。
「こんな事になり、申し訳ありません」
「別にクラウス様が謝ることじゃないでしょ?」
今回の件に関して我が家は完全にとばっちり感が否めないが、それはクラウスのせいでは無い。謝られるのはお門違いと言うもの。謝罪が欲しいのはあの狸親父からだ。
(いつか絶対頭下げさせてやる)
そう心に誓った。
「それはそうですが……得体の知れない者と同じ屋根の下と言うのは……」
「あら、心配してくれるんですか?」
いつものように軽い冗談のつもりで言ったのだが、クラウスの表情は曇っている。
あれ?と思っていると、頬に優しく手が触れた。
「当たり前です。貴女に何かあったら私は生きていけません」
「そんな大袈裟な」といつもの様に笑って返そうとしたが、クラウスのあまりにも真剣な表情に出そうと思っていた言葉を飲み込んでしまった。
(調子が狂う……)
アルフレードといいクラウスといい、本当いい加減にして欲しい。
「クラウス様に心配されるほど、この屋敷の者らは無能ではありませんよ」
「ふふ、そのようですね」
少しでも不穏な動きをしたら捕縛せよと父様からの指示があったので、皆目を光らせている。
「そうは言っても気は抜かないで下さい。相手は星詠みの者ですから」
その表情にその言葉はまるで星詠みを信じているようで、思わずニヤッと口角が上がり悪戯心に火がついた。
「へぇ~、クラウス様でも占いなんてもの信じるんですねぇ意外~。案外可愛らしい所もあるんですねぇ」
「───っ!!」
ぷくくくっと笑っていると、クラウスの顔が真っ赤に染まった。こんなクラウス見た事なくちょっとした優越感に浸れた。
「べ、別に信じる信じないとか言ってません!!可能性として言ったまでです」
真っ赤になりながらも必死に取り繕うとしているのがバレバレ。私は笑いを堪えるのに必死で、気を抜いたら口元が緩む。
いつもは涼しい顔して人を小馬鹿にする癖に、意外な一面を見て不覚にも可愛いと思ってしまった。
クラウスは羞恥心で口元を手で覆い顔を背けている。
「口外はしないので安心してください。貴方の威厳は守っておきます」
「……馬鹿にしてますね?」
「いいえ?全然?」
緩む口元を誤魔化すように言ったら睨まれた。流石にこれ以上馬鹿にすると、
「まあ、彼の事は私達に任せて下さい」
「そうですね。何かあればすぐに教えてください。これから毎日顔を合わせるのですから」
「………………ん?」
毎日顔を合わす?何故?
「おや、私は彼の護衛役ですよ?毎日ここを訪れるのは必然ですよね?」
満面の笑みを浮かべながら言うクラウス。傍から見れば息が止まりそうなほど美しい笑顔だが、私から見れば地獄の一丁目。閻魔様が微笑んでいるよう……
護衛という事は、城への行き来もこの人がやると言う事。その事に気が付いた私の顔色は徐々に血の気が引いていく。
「今回ばかりは陛下に感謝ですね」
「……あのクソ親父……呪ってやる……」
「おや、何か?」
顔を逸らしながら悪態を付いていると、地獄耳のクラウスが顔を覗き込んできた。
「いいえ!!なんでもありません!!」
「ふふふ、貴女は本当に面白い」
こちらは何にも面白くない……
「それでは、本日はこれで失礼致します。また明日お伺いしますね」
「はいはい。お役目ご苦労さまです」
踵を返し、外に出て行くクラウスを適当に見送りながら適当な言葉を返した。
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