星詠み

第82話

スミリアから帰国して数日──


あの時の公開処刑……もとい愛の告白はあっという間に貴族間だけではなく国中に広まり、私は一躍時の人となった。町を歩けば好奇の目で見られ、二人に好意を寄せている令嬢達からは妬みや恨みなど陰でこそこそと言われる始末。正直休まる暇がない。


「仕方ありませんよ。この国が誇る黒と白の騎士、同時に好意を寄せられるなんて前代未聞ですからね。……残念な事に、そのお相手がお嬢様という時点でなんとも奇特な方達ですがね」


相も変わらず主に毒を吐きながらお茶の用意をするエルス。その隣には背を伸ばして佇むエミールの姿もある。


エミールを連れ帰ってきて少々母様に小言を言われたが、今回の功績を認めてくれた父様が母様を宥めてくれなんとか許しを得て正式に私の専属騎士となった。

このエミール、腕は確かな上に鼻がよく効く。そのため、屋敷に忍び込んできた賊を一人で片付けてくれるので、父様が非常に助かっていると言っていた。


「あの二人をどうにかしないと私の平穏は日常は夢のまた夢に終わっちゃう……」

「ほな、記憶でも消すか?」


テーブルに突っ伏してる私にルドが声をかけてきた。


「流石にそれは人徳に反してると思うわ……」

「変なとこ真面目やねぇ」


ルドはテーブルの上に置いてあるクッキーを摘まみながら呆れるように言ってくる。


「きっとあれね。吊り橋効果!!」

「は?なんですかそれは」

「男女が同じ場所同じ時に興奮や高揚感を感じると、それが恋だと勘違いするらしいの」


正直吊り橋効果なんて世迷言だと思っていたが、あの二人が私に恋心を持つなんてこの理由以外に考えられない。

それに、話を聞いたエルスとルド、それにエミールまでもが納得したように頷いているのだから間違いないと確信して、満足気に頷いていた。


「勝手に決めつけられては困るな」


後から聞き覚えのある声が聞こえ、ゆっくり振り返ると腕を組みこちらを睨みつけるアルフレードがいた。

思わず「げッ」と言う声が出てしまったが、それは仕方ない。


「私の気持ちを勘違いだと思っているのか?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど……ほら、そんな素振り見せなかったから疑う訳じゃないけど信じられないと言うか……」


距離を詰められしどろもどろになりながら言い訳を述べるが、こんな言い訳が通用するはずない。


「ほう、ではそういう素振りを見せればいいのか?」


ニヤッと悪戯な微笑みを見せたかと思えば、顎に手を乗せ顔を近づけてきた。

鼻が付きそうな距離に美形の顔がくれば誰だって心臓が落ち着かなるってものだ。それに加えて、この男、物凄いいい匂いがする!!

目と鼻に毒過ぎて今すぐ逃げたいが、簡単に逃がしてくれるような男じゃない。がっちり抑え込まれ逃げられない。


そうこうしている内に、ゆっくり顔が近づいてきて……


「ゴホンッ!!」

「あんたらええ加減にしいや。見てるこっちの身にもなって欲しいわ」

「身内のラブシーンほど、見るに堪えないものはありませんね」


寸前の所で外野から止めが入った。


「それに僕言ったよな?あんたにはお嬢は渡せへんて」


ルドがアルフレードの前に出てくるなり喧嘩腰で詰め寄った。


「お前の許可など必要なかろう?」

「へえ?僕に喧嘩売るん?」

「売って来たのはそちらだろ?そちらがその気なら買ってやらんこともないがな?」


売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、二人は睨み合い一発触発寸前。


「はいはいそこまで!!……アルフレード様もルドを揶揄わないでください」


パンパンと手を叩き、二人の間に入り止めに入った。ルドは面白くなさそうに舌打ちをした後、どこかへ行ってしまった。まあ、お腹が空いたら帰ってくるだろう。


それよりも、こっちの男の方が問題だ。


「で?何しに来たんですか?用があるから来たんですよね?」

「ローゼルに会いに来た。と言ったら?」

「…………………………」


睨みつけるようにして問えば、何ともふざけた応えが返ってきた。

思わずゴミを見るようなまなざしを向けてしまったが、エルスが小声で「お嬢様、視線……」と諭してきたので、溜息を吐いてからアルフレードに向かい合った。


「本当にお前は面白いな」

「…………用がないようでしたらお帰り下さい。ああ、見送りなんていたしませんの悪しからず」


クスクス嫌味に笑うアルフレードに対抗して、満面の笑みで言い返してやったが気にせず私と向かい合って腰を下ろしてきた。


「まあ、冗談はこのぐらいにして本題に入ろうか」


エルスもエルスですぐにお茶の用意をして差し出してくるんだから、執事の鏡だよ本当……クソッ!!

少しぐらいこちらの意図を汲み取って追い返すのに手を貸してくれていいようなものなのに。


恨み混じりの視線を送るが、澄ました顔で立っている。


(こうなりゃ早いとこ用事とやらを聞き出してお帰りいただこう)


仕方なく話を聞いてやろうと耳を傾けると、アルフレードは真剣な顔つきに変わり話し始めた。


「ローゼルは”星詠み”を知っているか?」

「星詠み?」

「ああ、未来を詠み通す力があるとかでな、国を転々としながら滞在させてもらったお礼にその国の未来を視てくれるらしい」


ああ、なんか小さい頃に母様に絵本を読んでもらったことがあったな……


その絵本では、星詠みがある国の飢餓を救ったことが描かれていたが、飢餓なんていつどこでも起こりうることだ。それをたまたま星詠みが告げた通りになったと言うだけで信憑性はない。


大方当たり障りのない事を言っては無償で豪華な食事と寝床を確保しているんだろう。


「難しい言い方してるけど、要は占いでしょ?」

「そうだな。その星詠みだが、この度我が国に滞在したいと申し出があった」

「ふ~ん。私には関係のない事ね」


お茶を啜りながら他人事のように振舞ったが、アルフレードの眉間に皺が寄っている。


「近々この国に災厄が起こるらしくてな。滞在しながら詳しく調べてやろうと言ってきた」


それはそれは……


「うさんくせぇ~」

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