第81話

「ローゼル・シェリングよ。スミリアの一件、実に大儀であった」


ガドル国に着いて早々城へ呼び出された。と言うか、強制的に連れてこられた。


今回はゆったりのんびり船での帰国だったが、港に王家の馬車が用意されていたのを目にして嫌な予感を感じた取った私は、周りの者の隙をついて逃げた。

後を追って来る者もいないし、上手く逃げれたと思い意気揚々と町を駆けていたところを、アルフレードの黒竜に見つかった。抵抗虚しく、その大きな脚に捕まりそのまま城まで宙ずりで連れられて来たのだ。


(なんで到着早々狸親父の顔なんて拝まなきゃならんのだ!!)


跪きながらも心の中では文句しか言っていない。


「それに加えて、儂の愚息が手間を取らせた。本当にすまなかった」


(……よく言う……)


白々しく頭を下げる国王に嫌気がさす。


あのボンクラをスミリアに寄越した時点でこちらに丸投げしたくせに。

本当は嫌味の一つも言いたいところだが、国の重鎮が集まっている場で国王自ら頭を下げられたら一介の伯爵令嬢如きが物申せる筈もない。だからこそ、この場を選んだのだろう。


(汚ったないよねぇ)


私が黙っていると、背後でゴホンッと咳払いが聞こえた。

背後にいるのは父様と母様。まさかこの二人まで呼ばれているとは想定外だった。


(……たく)


小さく溜息を吐いてから、口を開いた。


「──滅相もありません。こちらも少々噛み付いた部分がありましたので、痛み分けと致しましょう。ですが、親の顔を見てみたくはなりましたね」


これぐらいの嫌味は許せと言わんばかりに睨みつけてやると、国王は「わはははは!!」と豪快に笑った。


「そうかそうか。いくらでも見てくれていいぞ?」


顎に手を当てポーズを決める国王にうんざりしていると、私の様子に気付いた国王が不意に不敵な笑みを浮かべた。


(は?)


これ以上何を言われるんだ?と身構えていると、国王が右手を挙げた。するとアルフレードとクラウスが前に出てきた。


「この度の功労者であるローゼルに褒美を与えようと思っておるが、この二人が急かすのでな。褒美の話は後ほどという事にして、二人の話を聞いてやってくれないか?」

「は?え?なに……?」


(怖い怖い怖い!!何なの!?)


全く心当たりのない私は狼狽えた。だが、そんな私を気にするような二人でも無い。


「ローゼル嬢。生きて帰れたら話があると伝えていましたよね?」

「あ、ああ……」

「私も話があると伝えておいたが?」

「え?そう言えば……」


すっかり忘れていたが、そんなことを言っていた……ような気がする。


「女性というものは守られて当然だと思っておりました。ですが、貴女と共にした時間の中でお互いに守り合うという事を学び、その勇ましい姿に心を奪われました」


何を……言っているの……?


「最初は表情がよく変わる面白い奴だと思っていた。何度同じ事を言っても言うことを聞かず一人で突っ走り、面倒事に巻き込まれる。お前はそんな馬鹿みたいな奴だ」


あれ?貶されてる?


「だが、そんな馬鹿な奴ほど可愛いと思えてしまう私も大概馬鹿者なのだろう」


ちょ、ちょっと待て待て待て!!何やら不穏な空気になってきたんだけど!?


「貴方の事が頭から離れないんです。──……責任取ってくれますよね?」

「ローゼル。私の手を取るよな?あんな事をしておいて取らないとは言わせない」


二人は同じように手を差し出し、答えを待っている。


この国の顔でもある騎士二人からの告白に私は頬を染め感動して──……るはずもなく、心底めんどくさそうに二人を見ていた。


………………勘弁してくれ。いや、マジで冗談は顔だけにして欲しい。


(あんの狸ジジィ!!全部知った上で二人を出てきやがったな)


玉座には不敵な笑みを浮かべて愉しそうにしている国王の姿がある。

まさかの告白に周りの者らも私がどちらの手を取るか目を輝かかせて見守っている。


「ほれ、どうした?早く手を取ってやれ」


ニヤつく国王に殺意が湧いたが、背後には父様と母様が目を光らせている。下手な事をすればこちらの命がない。だが、目の前の二人は手を差し出したまま動こうともしない。


──と、なれば答えは一つ。…………逃げるか。


私は素早く踵を返し、外に繋がる扉目掛けて走った。

後ろから「逃げたぞ!!」と外野が騒いでいたが、逃げるだろ普通。この際、卑怯者呼ばわりされても一向に構わん。


一切後ろを振り向かず、そのままの勢いで扉を開けたが目に飛び込んできた光景に思わず足が止まった。

扉の先には、竜騎士と聖騎士が行く手を塞ぐかのように立っていたのだ。


私が逃げ出すことを想定して先手を打っていたのか……


(くそったれ!!)


ほくそ笑んでいる二人の姿が目に浮かぶが、こちらとて易々と捕まる訳には行かない。


「ルド!!」

「呼んだ?」


私が一声かけると、どこからともなくルドが現れた。

本当にこの男は神出鬼没だが、こういう時には本当に助かる。


「逃げるわよ!!」

「ええ~?なんかオモロい事になっとるやん。ええの?玉の輿やん」

「……ぶっ飛ばすわよ?」

「冗談やん!!」


今はそんな冗談通用しないとばかりに睨みつけると、慌てたルドが私を抱き抱えた。


「それじゃ、お姫様は僕が貰ろうてくわ」


そう捨て台詞を吐き、竜騎士と聖騎士の上を軽やかに飛んで行った。


「……逃げられましたね」

「まあ、簡単に捕まるようなお嬢様じゃないからな。だからこそ捕まえがいがある」

「同感ですね」


クラウスとアルフレードは不穏な言葉共に笑顔で扉の先を見つめていた。


一難去ってまた一難となってしまい何とか二人を諦めさせる策はないか頭を捻るが、今は驚きの方が大きく頭が働かない。

と言うか、元より恋愛に興味が無のだから諦める策も思いつく筈がない。


フッと諦めたように自嘲すると


「私の平穏な日常はいつ訪れるのぉぉぉぉ!!!!」


悲痛な叫び声は城中に響き渡った。


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