第118話
「元はと言えば、我々の業が起こしたこと。神を悪魔に変えてしまった責任は我々が取るべきだと思うとる。無関係のお主らが血を流すことなどない」
ユーエンの瞳はしっかりと女神を映している。
「そうは言うけど、爺さん一人じゃ無理よ!!」
「そうじゃな…
ニヤッと不敵に笑うが、その表情は何処か覚悟を決めた様な、酷く険しいものだった。
「元とは言え、聖職者の端くれ。体は衰えても、力は衰えてはおらん」
パンッ!!と勢いよく手を叩くと、ユーエンの全身を眩い光が包み込んだ。
あまりの眩しさに、目が眩む。
「なんやねん!!あの爺さん、めちゃくちゃな力持っとるやないか!!」
残念な事に私には凄さが分からないが、ルドが驚くと言うことは、そう言う事なんだろう。
流石の女神も視界を奪われたらどうしようもないらしく、手が出せずにいるが、これではこちらも手が出せない。
しばらくすると、ようやく光が収まった。
ゆっくり目を開け、目に飛び込んできた人物に思わず言葉を失った。
「一か八かの賭けじゃったが、上手くいったようじゃな…」
動作を確認するように、手を開いたり閉じたりしている。
「……あんた……誰!?」
「お?なんじゃ?分からぬか?」
不思議そうにこちらを見てくる男…その男の容姿は、アルフレードやクラウスに匹敵するような美貌を持っている。
この人物はユーエンだと、頭では分かってる。分かってはいるが……その事実が受け入れられない!!
「有り得ない!!爺さんがイケメンなんて…!!私は認めないから!!」
「ほっほっほっ!!儂が美しすぎて、現実を受け入れられぬか?」
小馬鹿にするように言い返されたが、ユーエンの言う通りなので言い返しようがない。
「…肉体を若返らせたやと…?」
驚いたようにルドが呟いた。
「おい、爺さん。それ何処で知ったんや…あんた、その代償がどんなもんか知っとるやろ!?」
叫びに近い声でユーエンを咎めたが「下手に知識のある者がおるとやりずらいのぉ」と苦笑いしながら言葉を濁している。
「阿呆が!!冗談言うとる場合やないねん!!」
あまりの剣幕と焦り具合からただ事ではないと、詳しい説明を求めた。ルドは頭を掻き、苛立ちながらも話してくれた。
「僕らん中でも手を出していいもんと、悪いもんがあるんよ。その一つが生命の時間や。時間は人間の軸やろ。その軸を無理やり捻じ曲げるんやで?当然、タダではすまんやろ?」
「タダではすまないって…どうなるの!?」
恐る恐る聞いてみた。
「人の一生の時間は生まれた時に決まっとる。それは神が定めた個々の運命。覆すことは出来ん。その
あまりにも真剣な表情に、ゴクッと喉が鳴る。
「当然その代償も大きくなる」
「それは…?」
「己の命や」
「!?」
あまりの事実にユーエンの方を見れば、困ったように笑っているだけ。
(ユーシュの
ここに来た時に見たユーシュは酷く悲しそうだった。顔を歪ませ、泣き出しそうなほど…
ユーシュの肉親はユーエンしかいない。いくら面倒臭くて厄介事しか持ってこない爺さんでも、唯一の肉親を失うユーシュの気持ちを思うと…
「爺さんを止めなきゃ!!」
一歩踏み出したところで「駄目です!!」とユーシュの声がかかった。
「爺ちゃんは覚悟を決めてここに来たんです。僕も…僕も覚悟は出来てます」
「あんた……」
泣きそうになりながらも歯を食いしばり、必死に笑顔を見せる姿を見せられては、止めることなど出来ない。
「なんじゃなんじゃ?しみったれとるのぉ」
「誰のせいじゃ!!」
湿っぽい空気が、その一言で一変した。少しは感情に浸らせてくれてもいいものの…
(まったく、この爺さんらしいわ)
クスッと笑みがこぼれるが、笑えない者が一人…
「ちょい待ち。爺さんだけに殺らせる気は無いで」
スッと立ち上がり、珍しく殺気立っているルドが申し出た。
「僕が殺る」はっきりと宣言するルドに、ユーエンは背を向けたまま黙っている。
「おい!!爺さん!!聞いとるんか!?」
「喧しぃのぉ。聞いとるわ」
「返事ぐらいせぇや!!」
面倒臭そうにチラッと顔を向けただけで、すぐに前を向き直した。
「……若いの。お主には悪いが、儂も覚悟を決めてここに来ておる。儂に譲ってはくれんか?」
「は!?」
「最期ぐらいは、この老いぼれに花を持たせてやってくれ」
「……………」
自嘲するように微笑みながら、ルドに伝えた。流石のルドも、覚悟を持って挑んでいる者を無碍にも出来ず、黙ってしまった。
それはもう肯定しているのと同じ事だ。ユーエンは一言「すまんな」と返した。
「ユーシュ。後は頼んだぞ……」
そう遺言の様な言葉を残して、女神に向かっていった。
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