第8話

その後、令嬢誘拐事件は竜騎士団の活躍で無事令嬢達の救出と犯人逮捕する事が出来た。

これにて終幕……と思っていたが、捕らえた奴らが口を割る前に何者かに殺され、黒幕が分からずじまいになってしまった。


そのせいで父様が黒幕を探る手立てを考えろと、王城に呼ばれた。

という事で、父様はしばらく不在。こんな機会は滅多にない。

こんな日は稽古なんてしていたら勿体ない。

そうだ、街へ行こう!!


そう思ったが吉日。

早速、町娘の格好をして屋敷を抜け出そうとしたが──……


「──あら?ローゼルちゃん?」


後ろからとても優しく、それでいて一瞬で冷や汗が噴き出すほど落ち着いた声がした。

ゆっくり振り返ると、そこには頬に手をあて、優しく微笑んでいるものの、目が一切笑っていない母様の姿があった。


「か、母様……ご機──」


ドスッ


挨拶をしようとした所で、頬スレスレにナイフが横切り壁に突き刺さった。


「今日はダンスのレッスンに歴史、経済、暗殺のお勉強があるはずじゃないのかしら?……それをサボって何処に行こうとしているのかしら?」


サァーと全身の血が一気に引くのが分かった。

このシェリング家は父様よりも母様を敵に回す方が断然恐ろしい!!

これは、使用人達にも周知の事実。


そんな母様に捕まった私は今まさに、蛇に睨まれた蛙状態で身動きが取れない。


(やばいやばいやばい!!怒らせちゃいけない人を怒らせた!!)


両親の仲はすこぶる良好だが一度だけ、本当に一度だけ、夫婦喧嘩を通り越してマジの殺し合いが始まった事があった。

この夫婦が本気になると誰にも止めれない。止めに入ったが最後、巻き込まれて命を落とすからだ。


どちらが勝ってもおかしくない勝負だったが、勝利を得たのは母様だった。

その時の母様は本気で父様を狩る目をしていて、流石にマズいと思った私が間に入り二人を止めた。

どんなに正気を失っていても、娘には手は出せなかった様でようやく夫婦喧嘩は終息した。


それを見た時から「母様には逆らってはダメだ」と脳裏に叩き込んだ。


……で、そのこの世で一番怒らせてはいけない人を怒らせてしまった訳で……


「……あ、あの、母様……?」


ジリジリと私を壁際まで追い詰めてくる母様はにこやかで無言。

周りの使用人達も「これはマズい」と顔色が悪い。


ドンッ!!


母様による壁ドン……破壊力が凄すぎる……パラパラと壁の破片が私の肩に落ちてますけど?


「……ローゼルちゃん。お勉強……するわよね?」

「……は、はひぃ」


泣きそうになりながらも、声を振り絞って何とか返事を返した。


「奥様、お嬢。お取り込み中申し訳ありません」


そう声をかけてきたのは、この屋敷の執事長でエルスの父でもあるセバス。

この名前聞いた時、あまりにもテンプレ過ぎて笑ったなぁ。

因みに私は、これまたテンプレの通りに爺やと呼んでいる。


「なんです?」

「はい。お嬢様にお客様です」

「私!?」



◇◇◇



応接室に入って驚いた。

有り得ない人物がソファーに座っていたからだ。


「なぜ貴女が……?」


自然と口から出た。


「ご機嫌ようローゼルさん」


ニッコリ微笑んで私を見ていたのは、シャーリンだった。


その顔を見てハッとした。

シャーリンには見られていたのだった。あの船内での出来事を……


この場にいるということは、私の弱みに付け込んで脅しに来たのか?それとも、こんな暗殺者は貴族令嬢には相応しくないと言及しに来たか?

どちらにせよ、今の私は圧倒的不利。


(母様にバレたら一週間は外出禁止の上、屋敷内の掃除、武器の手入れ、的当て1000回の刑にされる……)


顔面蒼白になっている私にシャーリンは「クスッ」と微笑み「わたくしは何も見ておりませんわ」と。


「え?」

「わたくしは何も見ておりません。あの時、皆様と同じように埃が目に入り辺りが見えなかったのですけど……何かありましたか?」


シャーリンはすっとぼけたようにしているが、あの時、確実に見られた。男共の首を掻っ切る所を。

けど、それをシャーリンは見ていないと。知らないと言っている。


(私に恩を売るつもりか?いや、そんな素振りはない)


どういう事だ?と様々な憶測が頭を駆け巡っているが、答えが出ない。


「──ぷっ!!」


私の顔色がコロコロ変わる様子に、シャーリンは堪らず吹き出した。


「あはははは!!ローゼルさんは本当に面白い方ね。そんな顔しなくても貴女のことを追求するつもりはないわ。誰にでも秘密はあるものですもの」


それは凄く有難い事なんだけど、それだけを言うためにだけに屋敷まで?

そんな訳ないよな……


「わたくし、ローゼルさんにお願いがありまして参りましたの」


(やっぱりね……)


これは黙っといてやるから口止め料として言うことを聞けという事か。


「──……わたくしはご存知の通りノルベルト殿下の婚約者候補なんですが、当然候補者を一人でも減らしたいと思っている者がおりますの。それでわざわざ、わたくしの友として近づいてくる者も多くいるのです」


淡々と話すシャーリンだが、考えてみれば当たり前だよね。

王子の婚約者になりたい奴なんて、そこら辺に落ちてる石ころと同じぐらいいる。

一番の有力候補シャーリンがいなくなれば、次は私が!!って考えなんだろう。


「──ローゼルさん。わたくし貴方とお友達になりたいの」


(んッ!!!?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る