第14話

「君に付いてくわ」


そう言うと術者の男はパサっとローブを外し、私の目をじっと見つめてきた。


「え?無理」


即答で断った。

当たり前だよね。なんでこんな得体の知れない人物を易々と連れて帰らなきゃいかんのだ。


絶対確実に面倒事になることが分かりきっている。

私の人生の最終目標は平穏な日々を送ること。自ら厄介事に首を突っ込みたくない。


「へぇ、僕の事断るん?……別にええけど、そこにいる騎士ら死んでもええの?」


不敵な笑みで指を指す方向には、辛うじて息のある騎士達の姿があった。

騎士の命を助けたければ、要求を飲めということらしい。


「きったなっ!!!」

「あはははは!!!ええな、その反応!!新鮮やわ!!」


正直、騎士を助ける義理は私にはない。……が、虫の息で倒れている騎士達の命を天秤に掛けることは出来ない。


(さて、どうするか……)


「ローゼル嬢!!私達に同情など必要ありません!!そいつの要求を──っぐ!!!」


腕を組み考え込んでいると、クラウスは自分共々騎士を捨てろと叫んだが、それと同時に首を押え苦しみ始めた。


「虫けらがうるさいのぉ。黙っとれんのなら喋れんよぉにしたろか?」


何事かと男を見ると目が赤く光っており、クラウスの首に何かの力が加わり絞められているのが分かった。


「──がはっ!!」


クラウスは必死に何かを振り払おうとしているが、振り払うたびに力が増しているようだった。


(おいおい!!このままじゃマジでまずい!!)


「ちょっと待った!!クラウス様とその他諸々を殺したら、あんたを連れて行かないわよ!!」


思わずそう叫んでいた。

その言葉を聞いた男はニッコリ微笑み、クラウスを解放した。

クラウスは派手にむせていたが、何とか無事だ。


ホッとしていると、男は私の鎖骨の目立たない場所にキスをしてきた。


「──なっ!!!」


慌てて男を突き飛ばし、キスをされた所を見るとポワッと淡く光り小さな六等星が浮かび上がった。


「じぁ、契約成立っちゅう事で。これからよろしゅう。ご主人様?」


主従関係が成立してしまった……


(父様になんて言おう……いや、それよりも母様の方が問題のような気も……)


う~~~ん。とこれからのことを考え唸っていると、クラウスが心配そうに顔をのぞきこんできた。


「ローゼル嬢、大丈夫ですか?……申し訳ありません。我々聖騎士団が不甲斐ないばかりにローゼル嬢に多大なる負担を負わせてしまって……」

「謝らないでください!!こうなったら腹を括りますよ。まあ、大きな駄犬を拾ったと思います」


これ以上クラウスに心配される訳にはいかないと、無理やり笑顔を作り平然を装った。


「僕は駄犬やの?酷い言い草やな」

「うるさい。駄犬じゃなきゃ何なのよ?狂犬?番犬……は違うか。あっ、そう言えば、あんた名前はなんて言うのよ?」


連れて帰るのに名前を知らないなんて言えないからね。


「僕は、ルドルフ・エスター。ルドって呼び」

「そう。ルドね。私はローゼル・シェリング。好きな様に呼んでくれて結構よ」

「じゃあ、お嬢と呼ぶわ」


……名乗った意味なくない?


まあ、とりあえず自己紹介も終わった所で、次にやらなきゃいけないことに取り掛かる。

私は無言でクラウスの元へ行き、クラウスの服をはぎ取った。


「ちょっ!!!何しているんですか!?」

「何って、傷の手当ですけど?」


クラウスは恥じらう乙女のように必死に身体を隠そうとしているが、これは医療行為であってやましい気持ちは一欠片もない。ましてや相手は小娘。何故そんなに恥じらうのか意味がわからない。


反対側ではルドが腹を抱えて笑っている。


「ローゼル嬢に手当などしてもらわなくても自分でできます!!」


そう言いながら私が剥ぎ取った服を、奪い取った。


……手当するって言ってんだから、大人しく手当されてろよ。


「クラウス様?いい加減にしないと手足を縛り上げた挙句、全身くまなく傷の具合を見て回りますよ?当然も脱がしますけど?」


このままじゃ埒が明かないと思った私は、笑顔で圧力をかけることにした。

そこまで言ってようやく諦めたのか大人しくなった。


改めて、傷の具合を見たが思った以上に傷が深い。

これでよく倒れなかったと感心するぐらいだ。


(……で、この傷をつけた犯人がこいつか……)


ギロッとルドを睨みつけると、素知らぬ顔で明後日の方を向いていた。


(……ったく)


「──……ローゼル嬢に傷を負わせぬつもりでしたが、傷以上の物をつけてしまいましたね……」


申し訳なさそうに俯きながら言ってくる声は消えそうなほど小さな声だった。


「傷なんて日常茶飯事ですよ。今回のも傷の延長戦です。気にしていません」

「そうは言っても嫁入り前のご令嬢ですよ?そんなご令嬢が術者と契約など……」


なんだろう、この人オカンかな?何か小言が多いんですけど……


「その辺はご心配なく。私は一生お一人様で結構なので」

「……は?」


シラっと言ったが、その言葉を聞いたクラウスからは素の返事が返ってきた。

まあ、年頃の令嬢が言う言葉ではないからな。


その後、何故か無言になってしまったクラウスに私は「まずいこと言ったか?」と若干の焦りを見せつつ、無事に手当を終えた。



◇◇◇



クラウスの手当も終わり他の騎士達の手当も応急処置だが済ませた所で、ようやく外へ出れた。

外では見張りについていた騎士達が、混乱に紛れて逃げようとしていた劇場の関係者を捕らえていた。


流石はクラウスの部下達だ。逃がした者もなく完璧に縛り上げていた。


その中にシェリング家のファンだと言ってくれた騎士の姿を見つけたので、頑張ったご褒美に満面の笑みで手を振ると真っ赤な顔をしながら手を振り返していた。


しかしその直後、彼の顔が徐々に青くなっていくのが分かり、不思議に思って彼の目線の先がある方を振り向くと、眉間に皺を寄せたクラウスの姿があった。


色男は眉間に皺を寄せても色男なんだとこの時分かった。


ともあれ、こうして劇団とヘルツェグ男爵の悪事は暴かれた。

黒魔術師置き土産を残して……

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