第15話

さて、今私は屋敷うちの門の前にいますが、中々一歩が踏み出せずに時間だけが過ぎている状況です。


それは何故か?

……ええ、隣の男が原因。


「なぁ、まだ入らんの?」

「……うるさい。誰のせいでこうなってると思ってんの?」


異性の術者と主従関係を結んだなんて言ったら、確実に朝まで説教コース。

下手したら説教+講義コースかもしれない……

せめて、こいつが女だったらまだ救いようがあったのかもしれないが、性別など変えれるはずもない。


「……せめて猫や犬だったら良かったのに……」

「あっ?動物ならええの?ほな……」


私の呟きにルドが問いかけてきたかと思えば、ポンッと目の前の男が消え、足元に黒く小さな獣がちょこんと座っていた。


「これならどうや?」

「……えっ?……猫?」

「阿呆、豹や」


どうやらルドが化けた、その黒い獣は豹らしい。

そして、私は足元に擦り寄ってくるモフモフした獣を撫で回したい衝動に駆られている。

でも、見た目は愛くるしい黒豹でも中身は大の男。

理性と欲望のぶつかり合い。


「ほれほれ、触りたいのだろう?」


そう言いながら私の足に尻尾を絡めてきた。

その感触は一瞬で私の理性を破壊した。


「ああああ~!!!!可愛い!!!!何このモフモフ感!!けしからん!!!けしからんですな!!!!」

「ちょっ!!あひゃひゃひゃ!!!や、やめや!!!」


エロ親父みたいなことを言いながら、黒豹の腹に顔をうずめて一頻りモフモフを楽しんだ。


「ふ~……ご馳走様。じゃあ、行くわよ」

「お礼の言い方間違っとる……」


いくら豹に変化したとしても、母様が許してくれるかどうか……


不安が拭えない中、意を決して屋敷の扉を開けた。





◇◇◇




(まさか、こうなるとは……)


今私の目の前では、使用人と母様の手によって綺麗に着飾った黒豹がクッションの上でポーズを決め込んでいる。


「まぁ!!ルドちゃん!!赤も似合うわねぇ」

「奥様!!こちらの金の首輪もいかがですか!?」


そんな会話が繰り広げられ、屋敷に踏み込む前の不安は何だったのかと馬鹿らしく思えた。


当のルドもチヤホヤされて満更でも無い様子。


「……あの、母様。そろそろ部屋に戻りたいのですが……」

「あら?ローゼルちゃんまだいたの?疲れているようだから部屋に戻っていいわよ」


どうやらルドに夢中で私の存在を忘れられていた模様。


……実の娘よりも獣ですか?


まあ、この様子ならルドが術者だと言うことはバレていないだろう。

ここにいても仕方ないので、私は退散するとしよう。


ルドに目線で「頑張って」と視線を送り、私は部屋へと戻った。


「あぁ~~~、やっぱり自分の部屋が一番ね」


ベッドの上でゴロゴロしながら呟いた。

そして、今日あった事を振り返った。


……ヘルツェグ男爵はきっと氷山の一角に過ぎない。

今後もこの手の輩は出てくる。

そもそも、早いとこスミリアをどうにかすればいい話なんだけど、国と国の問題は私じゃどうすることも出来ないし……

父様が密かに動いていることは知っているけど、全く情報が入ってこない。


「はぁ~~……平穏な日々が恋しい」

「──……お嬢様が平穏を望んでいるとは知りませんでしたね」


突如返事が返ってきたもんだから驚いた。


「エルス!!気配を消して来ないでって、いつも言ってるじゃない!!心臓止まったらどうするの!?」

「お嬢様に限ってそれは有り得ませんね。それに気配は消しておりませんよ?……9割程度しか」


一割しか残ってませんが?もうそれは気配を消していると同等だと思うぞ?


不貞腐れている私を他所に、エルスは淡々とお茶の用意をしてくれている。

相変わらずクールだよな。一度でいいからエルスが焦っている姿を見てみたいものだけど。


「それはそうとお嬢様。城から封書が届いておりましたよ。ご覧になられました?」

「そんなん見なくても分かる。面倒事でしょ?適当に断っといてよ」


エルスから渡された封書には王家の紋章が入った封蝋がされていた。

開けたくない、見たくない……が、隣のエルスの無言の圧に負け渋々開け中を確認すると、どうやら夜会の招待状だった。


「──へぇ、遂に王子様の婚約者が決まったみたいね」

「当然行かれますよね?」

「……行かなきゃダメ?」

「なに可愛子ぶってるんですか?当たり前ですよ」


ちょっと上目遣いでエルスに問いかければ、エルスは白い目で私を見下ろしながら辛辣な言葉をかけてきた。


(こいつ本当に私を主人だと思ってんのか?)


まあ、エルスの言う事を聞く訳じゃないが、誰が婚約者になったのか知りたいし行こっかな。



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