第16話

やって参りました夜会当日。


この数日は大変だった。珍しく私が夜会に行く気になったことで何を着せようか、どんな髪型にしようか侍女達と母様の間で何度も話し合いが行わていた。それは当日になっても続いた……

朝からギラギラした目の使用人達に身体の隅々まで洗われ香油を塗りたくられ、コルセットをこれでもかというほど絞められた。ここまでの所要時間2時間。

その後、化粧と髪を結ってもらったが、その所要時間1時間半。トータル3時間半の大作が出来上がった。


この時点で私はもうヘトヘト。夜会に行く気を無くしていたが、今更行かないとは言えない雰囲気だった。


「お疲れ様ですお嬢様」

「エルス……」


テーブルに突っ伏していたらエルスがお茶を持って来てくれた。


「……………」


顔を上げてエルスを見たが、私の顔を見たエルスの様子がおかしい。

いつもならテーブルに突っ伏してなんかいたら軽口を叩いてくるが、それがない。


「ちょっと、エルス?」


立ち上がってエルスの顔を覗き込むと、ハッとしたエルスが飛び退いた。

そこで、察した。


「──……はは~ん。私の美しさに目を奪われたのね?」

「何を馬鹿な……猿にも衣装だなと思っただけですよ」


ニヤニヤしながら言う私に、これまた私の心臓を抉る一言が返ってきた。


まあ、分かってた。この男はこういう奴だ。それにしたって失礼だろ!?

この男は人を貶すことしかしないのか?褒めるという言葉は存在しないのか?


ブツブツ言いながらもエルスの入れてくてたお茶を手に取った。


(あっ、ハーブティー……)


ハーブのいい香りが私の心を癒してくれた。

エルスの入れてくれるお茶は全て美味しいが、このハーブティーは特に好き。


だけど、優雅に味わって飲んでいる暇はないので一気に飲み干した。


「ありがとエルス。貴方の入れるお茶が一番の活力だわ」


カップを置きながらお礼を言うと、エルスは「……安い活力ですね……」と平然を装っているが、耳が少し赤くなっていることに気がついた。


(どの世界にもツンデレは存在するのね)


美味しいお茶を飲んで、疲れも吹っ飛んだところで参りましょうか。


「よしっ!!いざ、出陣!!」


外を指さし決めポーズを取ると、エルスは呆れがら「戦場に行くんですか?」と呟いていた。




◇◇◇




「ご覧になって、シェリング家のローゼル様よ」

「美しい……」

「駄目よ!!あの方に近づくと骨の髄まで搾り取られるわよ」

「搾り取られるぐらいならいいんじゃないか?あそこまでの美貌早々いないだろ。お近づきになってみたいもんだ」

「おい!!あまり見るな!!殺されるぞ!!」


ガヤガヤと騒がしく煌びやかな会場へ入るや否やコソコソと話す声が嫌でも耳につく。


(会場へ足を踏み入れた途端これだもの……)


ギロッと睨んでやると、蜘蛛の子を散らしたように散らばり、私が進めば自然と人がよけ道ができる。私は害虫か!?


(これだから社交の場というものは嫌いなんだ)


イライラしながらも飲み物を手に取り、始まるまで隅で目立たないようにしていようと考え、壁際に寄り辺りを見回していた。


すると、一際大きな歓声が上がった。

大体予想はついているが入口の方を確認すると、やはり。

竜騎士団団長のアルフレードと聖騎士団団長のクラウスのご登場だ。


今日の二人は数倍煌めいていて、入場した途端令嬢達に囲まれた。

私はあの二人に見つかると面倒だと思い、更に隅の方へと寄った。


会場にいる令嬢達は二人の団長に取られ、手持ち無沙汰の子息達が隅にいる私の方をチラチラ見てくるが、シェリング家の者だと分かっているからなのか誰も近寄っては来ない。


(害虫除けには殺虫剤より家名が大事ね……)


手に持ったグラスが空になったのに気が付き、もう一杯おかわりを貰っていると背後から嫌な声が聞こえた。


「──もしかして、ローゼル嬢?」


振り返るとそこには両腕に令嬢をくっつけたクラウスが立っていた。


「……これは、クラウス様……ご機嫌よう」


見つかってしまっては仕方がない。適当に挨拶してやり過ごそうと考えた。

それに、両腕の令嬢達は面白く無さそうだし。


「驚いた……とても綺麗だ……」

「……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」


ぎこちなく笑いながら答えたが、令嬢達は私に敵意丸出し。

私はこれ以上目立ちたくないと思い、その場を後にしようとしたら今度は腕を掴まれた。


「これはこれは、ローゼル嬢。何処へ行かれる?」


私を見下ろす様に言ってきたのはアルフレード。


「……アルフレード閣下……」


腕を掴まれ、逃げれない状況に追い込まれた。

どうしようかと悩んでいたら、私の腕を掴んでるアルフレードの手に獣の爪が飛んできた。


「きゃーーー!!アルフレード様!!大丈夫ですか!?」

「何が起こったんですの!?」


はい。それは襟巻に扮したルドの仕業です。一瞬の出来事で周りの人達には気づかれていない。

幸い傷は浅くかすり傷程度に留まったが、アルフレードは襟巻の正体に気づいたらしく、ガシッと肩と一緒に襟巻に扮しているルドを掴んだ。


「ローゼル嬢。手当を頼めますか?」


私の顔の前に傷になった手の甲を見せつけてきた。


(溢れんばかりの笑顔が怖い……)


「アルフレード様、それならわたくしが手当を──」

「いえ、わたくしが!!」


困っている私を押しのけて、手当を志願する令嬢達がアルフレードの前に出てきた。


この騒ぎに乗じて逃げてしまおうと、ゆっくり後ずさっていると……


「ほお?何か面白い事になっておるが、本日の主役はこっちの二人だぞ?」


狸親……いや、国王陛下のお出ましだ。

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