第76話

いよいよ正念場だ。これですべてが決まる。

歓声の止まない観客らの前に出ると更に歓声の声は大きくなり、うるさいほどだ。


「いやはや、貴方と対することになるとは……」


白々しくそんな言葉を口にしているのは第一部隊の隊長デヴォンだ。弱々しい雰囲気を纏わせているが、その目の奥は飢えた獣のようにこちらを睨みつけているのが分かる。この程度で私を牽制しているつもりか?


(些かお粗末だな)


これならばローゼルの方が気持ちのいいほど噛みついてくる。だからこそ揶揄いがあるのだがな。そんなことを考えたら自然と笑みがこぼれた。


「おや、随分と余裕ですな」


皮肉なのか嫌味なのか分からない言葉を投げかけられた。


「余裕?まあ、そうだな。その程度の牽制では私は元より、獣ですら逃げ出さんだろうな」


あからさまな言葉をかけるとデヴォンの雰囲気は一変し、殺気と威圧を纏わせている。


「なんだ、出来るじゃないか」


更に煽ってやると顔つきも変わり、握りしめている剣にも力が込められ、今にも飛びかかって来そうだ。この程度の煽りに簡単に乗って来るとは思わず溜息が出る。


「おかしいな。隊長ともあろう者がこの程度の言葉に心を乱すとはな」

「はっ、好き勝手言えるのも今の内だけだ。こちらとて馬鹿にされたままでは示しがつかないものでね」


両者睨み合いながら剣を構えた所で、最後の試合の合図がかかった。両者同時に地面を蹴り、剣のぶつかる音が場内に響き渡った。


「なるほど、隊長と言うのは伊達では無いらしいな」

「そちらは思ったほどではないな」

「言ってくれるな……」


鍔迫り合いをしながらそんな会話を交わしていると、ヒュッと頬を剣先が掠めた。

見ると、デヴォンの手にはいつの間にかもう一本剣が握られている。


(そう来たか……)


この大会の規約では剣の数は決まっていない。例え二本、三本と手にしていても反則ではない。剣が二本になれば攻撃力も上がるが、それは持ち主が上手く扱えていた場合だ。

この大会中にも何人かは扱えもしないのに二本使いをして呆気なく負けていた。中には自分を良く見せるためだけに持っていた者もいたが、そんな奴は負けて当然。


「驚いたようだが、俺は元より二刀流でね。にわか者とは一味違うぞ?」

「ほお?そこまで言うならお手並み拝見しようじゃないか」

「後悔するなよ!!」


その言葉を皮切りに、攻撃の威力が格段に上がった。


(なるほど、でまかせではなかったという事か)


のんびりとそんなことを考えてはいるが、手はしっかりと動かしている。二本だろうが三本だろうが、そんなことたいした障害ではない。


竜騎士を舐めるなよ)


剣を弾かれたタイミングで少し距離を取り、額から流れる血を拭うと剣を握り返した。デヴォンは既に勝ち誇ったような顔をしている。


この程度で勝ち誇られても困るが、私が負けると思われている事の方がよっぽど腹が立つ。


「はぁ~……」


溜息交じりにゆっくり立ち上がると、ニヤついているデヴォンを睨みつけた。デヴォンは空気が変ったのが分かったのだろう、一瞬怯んだように見えた。


「さあ、お遊びは終わりだ。本気で行かせてもらうぞ」

「───ッ!!!!」


デヴォンの言葉を待たずに地面を勢いよく蹴り、剣を振り下ろした。


「くっ!!!」


先ほどとは剣の重さも速さも違う事に気づいたデヴォンは顔を顰めながら剣を受け止めた。


「おや?先ほどの勢いはどうした?」

「──くそが!!!」


嘲笑いながら言ってやると、顔を真っ赤に染めて怒りを露わにしている。こうも分かりやすい者だと揶揄いがあっていい。


デヴォンは怒りに任せて剣を振るってくる。


(この辺りが限界か?)


確かにデヴォンは強い。私でも気を抜けば一瞬で殺られる程の力の持ち主だ。――が、悪いが負けてやることはできん。


キンッ──……!!!


一際激しく剣がぶつかる音を響かせながら、デヴォンの手から一本の剣が宙を舞った。


「一気に行くぞ」


茫然とするデヴォンに終わりを告げるように言った。





◇◇◇





「お嬢様!!どこか心当たりでもあるのですか!?」

「そんなものないわよ!!勘よ勘!!」

「はぁぁぁぁ!?!?!?!?」


そんな会話をしながら姿を消した国王を追って城の中を走っているが、やはり二人一緒にいるのは効率が悪い。


「エルス、ここはやっぱり二手に分かれた方が……」

「絶対にダメです。貴女を一人にしたらどんな無茶をするか分かりませんしね。後々叱られるのは私なんですよ!?」


私の信用のなさがよくわかる返答に自然と眉間に皺が寄るが、気にしている暇も時間もない。この城から出て行くことはないと思うが、早めに身柄を確保しておきたい。

そんな気ばかりが先だって、周りの気配に気づかなかった。


「――ッお嬢様!!!!」


エルスの言葉に振り返った瞬間、目の前が光りに包まれた。


ドンッ!!!!!!


激しい爆発音と爆風になすすべなく身体は宙を舞った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る