第41話

竜が降り立った場所は城の門前だったが、すぐに沢山の兵が出迎える為に飛び出してきた。


「これは、竜騎士の皆様。遠路はるばるようこそお越しくださりました」

「出迎え感謝する。団長のアルフレードだ」

「私はスミリア近衛騎士団第二隊隊長のエミールと申します」


手を取り力強く握手を交わす双方の団長を眺めていると、エミールと目が合った。

エミールは私と目線が視線が合った事に気づくとフッと含みのある笑みを浮かべた。

その瞬間うなじがゾッと粟立った。


(な、なんだ!?)


原因が分からず困惑していると「お嬢様?」とエルスが声を掛けてきた。


「どうしたんですか?お腹でも痛いんですか?でしたら──……」

「なんでそうなるの!?っていうか乙女にそれはないんじゃない!?他にも言い方ってもんがあるでしょ!?」

「乙女……?はて?どちらに?」

「マジでクビにするわよ……?」

「本当にお嬢様はその気の短さを治した方がよろしいですよ?……それにクビの件は承諾できないとお伝えしましたが?」


ギロッと睨まれた。

こうなると私に勝算はないので大人しくすることにした。


すると、パチパチパチと拍手が聞こえてきた。


「あははははは!!やはりローゼル嬢は私が思っていた通りの人だ」


踊り階段から笑いながら降りてくるのは身なりのいい男。見るからに王族。

年若い王族となれば、一人しかいない。


(こいつか……)


私を物のように欲しがり、我が家を敵に回した愚か者は。


見た目は上の上。まあ、アルフレードやクラウスを見て目を肥やした私にはこの程度かレベル。

あの二人は特上クラスだから同じ土俵すら上がれない。


「お初にお目にかかります。シェリング家長女ローゼル・シェリングと申します」


とりあえず挨拶は基本中の基本。

今の私は他国にお呼ばれされた令嬢だからな。


「私はこの国の王子アラン・ヴィン・リューネヴルク。お会いできて光栄だ」


そう言いながら手を取られ手の甲にキスをしてきた。

思わず足が出そうになったが堪えた私を誰か褒めてくれ。


エルスも殺気が駄々洩れになっているが手を出さないだけ成長したものだ。


「えっと……アラン殿下?申し訳ありませんが、今しがた到着したばかりなので少し休みたいのですが……」


顔を伏せ少し弱々しく言えば、すぐに手を離してくれた。


「ああ、気づかなくて申し訳ない。貴方の部屋はもう準備ができている。それと、私の事は気軽にアランと呼んでくれて結構だ。敬称はいらない」

「いえ、そういう訳には──……」


何を言ってんだこのバカ王子は……?


「私がいいと言っているのだから大丈夫だ。私も貴方の事をローゼルと呼んでも?」

「それは、お好きなように呼んでいただければ……」

「ではローゼル。行こうか」


再びアランに手を握られ、その場から部屋へと案内されることになったが、後からただならぬ殺気を放ちつつ付いてくるエルスの顔を見ることは出来なかった。



◇◇◇



「お嬢様。早速あの王子を殺る許可をいただけませんか?」

「さすがに許可できないわよ……それよりお茶くれない?喉が渇いちゃって」


部屋に入るなり不機嫌MAXで物騒なことを言うエルスを宥め、お茶をお願いした。

そんな私にエルスは溜息を吐き、不服そうにしながらもお茶を用意してくれる。


用意された部屋は高価な調度品が飾られた立派な部屋だった。

さらにクローゼットの中にはドレスや装飾品で一杯ときた。

明らかに客室ではない。


「これは確実に帰さない気でいるわね……」

「敬称なしで名を呼ばれる時点で気付いてください。そもそも何故手を取られて腕を切り落とさなかったんです?」


お茶を注ぎながら呆れるように溜息を吐きつつ言われた。


「いくらなんでも着いてすぐ手は出せないわよ……」

「はぁぁ~、そのように生ぬるい考えではいずれ痛い目をみますよ?」


いや、多分間違ったこと言ってないと思う。

一応あれでもこの国の王子だし、挨拶もそこそこに手を出したら逆にこちらの常識を疑われる。


「卯兎にも角にも、あの王子が視界に入るのすら不快なんです。早いとこケリをつけてください」

「分かってるわよ」


さて、どうしたものか……


持ってきた荷物を整理するエルスを見ながら考えた。


話し合って解決出来れば一番いいんだが、それが出来ないから私が今ここにいる訳で……

確かに話が通じなさそうな雰囲気は感じ取った。

自分中心に世界が回ってるとでも思っているんだろうか。


(そんな訳ねぇだろ)


まあ、お坊ちゃんなんて何処もそんな感じだけどねぇ。

そこに権力があるかないの差だけ。


(そんなお坊ちゃんの事より、騎士の方が気になる)


あの騎士とは、到着した際に出迎えてくれたエミールのこと。

目が合っただけで全身の毛が逆立つような感覚は、この世界に生まれ変わって初めてだった。


前世でもそんなに味わったことの無い感覚だが、勘が鈍ってなければ多分この国で一番ヤバイのはあの人だ。

確信が取れるまで警戒するに越したことはない。


「……様……じょう様……」


(アルフレードに伝えるべき?いや、勘違いだった時のリスクを考えると……)


「お嬢様!!!!」

「わッ!?!!!」


完全に自分の世界に入っててエルスの声が届かず、耳元で怒鳴られてようやく気がついた。


「何度呼んだと思っているんですか!?その耳は飾りですか!?」

「もお~、もっと優しく呼んでよ」

「優しさを求めるのでしたら、常日頃それ相応の態度を示してください」


耳を抑えながら訴えたが、エルスに言い負かされた。


「それで?なに?」

「ああ、バカ王……いえ、アラン殿下から夕食のお誘いです」


(バカ王子って言いそうになったわね……)


扉の方を見ると、歳若い侍女が頭を下げていた。

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