スミリア

第35話

ついにスミリアへ経つ日がやって来た。

そんな本日の天気は雲ひとつ無い快晴……ではなく、土砂降りの雨なんです。


「なんでこんな雨の日に行かんと行かんのぉ~!?」

「そんなに文句を言うなら留守番していてもらっても宜しいんですよ?」


言い合いながらも荷物を馬車に運び入れる二人の従者を微笑ましく見つつ、私も自分の荷物を馬車に積み込んでいた。

そこへ父様と母様がやって来た。


「ローゼル。いいかい、息をしていればいいんだから手を抜くんじゃないぞ」

「男には上下関係をはっきり分らせた方いいの。特にプライド高い頭の悪いお坊ちゃんには一番いい解決方法よ。ちゃんと分からせてきなさい」


この人達は自分の娘になんてことを言っているのだろう……と思ったが、これがシェリング家うちの常識であり娘を心配する親心ってやつだ。

頭ではちゃんと分かっているつもりでも、顔は苦笑いになってしまう。


「分かってます。こちらを敵に回した以上、王族だろうと手を抜くつもりはありません」

「それならいいんだ。……気を付けて行っておいで」


そう言う父様は今までにない優しい笑顔と暖かい手で頭を撫でてくれた。

今生の別れではないのに泣きそうになってしまった。


「おや?もうホームシックか?」


嫌味ったらしい声が聞こえた方を振り向くと、黒竜に乗ったアルフレードが降り立つところだった。


「いつも減らず口をたたいているが、まだまだ子供だな。寂しくなったら私の胸を貸してやろうか?」

「──結構です。それに、子供ではありません。そんなこと言って揶揄ってくる閣下の方がよっぽど子供ぽいですが?」


呆れながら言っていると、エルスとルドが私達の間に割って入って来た。


「お嬢は僕と寝るんや」

「は?何寝ぼけたことをいっているんです?獣は獣らしく外で丸まって寝ればよろしいのでは?」


割って入って来たと思えば、物凄いくだらないことで揉めだした。

どうやら荷物は運び終えているらしかったので、二人を無視して早速と馬車に乗り込むと言い争っていた二人が慌てて飛び乗って来た。

そして、改めて私達の出発を見送ってくれている使用人と父様、母様に元気よく挨拶をした。


「じあ、行ってきます!!」


沢山の人に手を振られながら屋敷を出て、いざ、敵地スミリアへ……!!




◇◇◇◇




「ほんっっと最悪……」


激しい雨の降る中、勢いよく旅立ったまでは良かった。


しかし、今私達の行き道を塞いでいる大量の土砂で出鼻をくじかれた。


本来なら港に向かい、船に乗り換え海上からスミリアへ向かう予定になっていたのだが、この悪天候で船が出せず仕方なく陸地から向かう事になったのだがこの有様だ。


「こりゃ、しばらく動けんなぁ」

「お嬢様、離れていてください。二次災害になりかねませんので」


海上からならスミリアまでは一日あれば着くが、陸地からでは三日はかかる。

こんなところで足止めくらっている場合ではないのはこの場にいる全員が分かっている事だが、こればかりは仕方ない。

下手に動いて土砂に巻き込まれればそれこそ目が開けられない。


「……仕方ないわね。しばらくここで立ち往生ね」


外は土砂降り。皆が馬車に避難していると、バサバサと大きな羽音が聞こえた。

それと同時に大きな影が降り立ったのがわかった。


「──……ようやっとお出ましやな」


伸びをしながら外に目を配るルド。

その目線の先には大きな黒竜が雨に打たれがらも大人しく座っているのが見える。


「なんだ?遅いと思ったらこんな所で足止めくらっていたか」


雨を遮るために真っ黒な外套を頭からすっぽりと被ったアルフレードが黒竜から降りるなり呆れたように言ってきた。


「ええ、これではどうすることもできず、申し訳ありません」

「……エルス、いちいち謝らなくていいわよ。これは自然災害。私達のせいじゃないもの」


馬車から降りてまで律儀に謝罪を口にする必要はない。


「ほう?シェリング家のご令嬢でも対応できないものがあったのか?」

「……我々は暗殺者であって、土木事業者ではないんですよ?もしかして、そこら辺の違いも分かりませんでしたか?それは申し訳ありませんでしたね」


ただでさえ今の状況に苛立っているのに、そこへ追い打ちをかけるような言葉に思わず言い返してしまった。

その様子を従者二人を除いた周りの人間が顔を真っ青にして見ていた。

その理由は、言うまでもなく鋭い目つきでこちらを睨んでいる目の前の男。


「まあまあ、喧嘩しとる場合ちゃうやろ?」

「そうですよ。お嬢様も子供ではないんですから……」


珍しく意見があった二人に宥められ、渋々それ以上口を開くのをやめた。


「確かに、そこの二人の方が随分と大人のようだな」


クスッと鼻で笑われたが「これ以上何も言うなよ」「頼むから大人しくしててくれ」という周りの圧に負け、ぐっと言葉をのんだ。


「──しかしこれでは拉致があかん……仕方ない。必要最低限の荷物と人材だけ我々の竜に乗せて運ぶことにしよう」


そう提案された。

まあ、この状況を脱するには最善の方法であることは間違いない。当然その提案を飲んだ。


「じゃあ決まりだ。──おい!!聞いてたか!?」

「そんな大声出さなくても聞こえてるし。……えっと、じゃあ、役割を分担しようか?」


アルフレードが後ろに控えている騎士達に声をかけると、副団長らしき人物が手際よく役割を分担してくれた。

こちらも、荷物と連れて行く者の選別をすることにした。


そして、全ての準備が揃った所で決められた竜に乗せてもらう事になったのだが……


「……チェンジで……」


私を乗せてくれるのは一番大きくて一番かっこよく……一番乗りたくない竜。


黒竜だった──……

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