第37話

その声は周りの人間を一瞬で凍らせるほどの威力があったようで、全員手を止めこちらに注目していた。

いや、注目しているというより怯えていると言った方が正しいのかもしれない。


「──何をしているのか聞いているのだが?」

「あ……っ、ぼ、僕……」


グラムはアルフレードの威圧に冷や汗をかきながら顔面蒼白になっていて碌に話ができる状況ではない。


「そんな威圧を向けていれば誰でも怖気づいてしまうに決まってるでしょ?それでも団長?」


泣きそうになっているグラムを背に庇いアルフレードを睨みつけた。


「自分の部下だからこそだ。そんなことも分からんのか?」

「ええ、分かりませんね。そんな態度では部下は育つどころか潰れてしまうに決まってる」


周りの空気が更に冷たくなるのを肌で感じながらも目は逸らさない。

こういう時、目を逸らした方が負けなのだ。


──しかし、次の瞬間私の負けは確定した。


「……お嬢様」


その声にビクッ!!と肩が震えた。

壊れたおもちゃのように声のした方を振り向くと、満面の笑みを浮かべたエルスの姿があった。

この笑顔の時はヤバい……長年一緒にいただけあって顔色を見ればすぐに分かってしまう。


「あ、あら?エルス何か用?」


慌てて取り繕ってみるが、如何せん相手が悪い。


「何か用……ですか。そうですね……まずはその後に匿っている者は誰なのかをお聞きしても?」


笑みを一切崩さず言われると流石に気持ちが怯んでしまう。


「こ、この子は新人の竜騎士で、私の事を気遣ってくれたのよ。いい子でしょ?」


そう言いながらグラムの頭を撫でると、アルフレードとエルスが眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけていた。


「──はあ~……いいですか?いくらだとしても、彼は騎士です。そう気安く触れるのは彼のプライドを傷つけるという事にお気づきじゃないんですか?」

「え?そうなの?」


何となく悪意のある言い方だが、その通りだと思う所もある。

騎士というかっこいい職に就いているのに可愛いと思うのは少し失礼だったような気もする。


「いや、あの、僕は別に──」

「いいえ、傷つけています。──……そうですよね?」


殺気に満ちたエルスの視線に、グラムは一瞬で口を封じられ顔を真っ青にして首を縦に振っていた。


「そういう事なので、これからは容易に触れるのはおやめ下さい」


「……因みに、お嬢様の行動は随一旦那様と奥様の耳に入るという事をお忘れなく」と満面の笑みで付け加えられた。

これは脅しじゃなくて本気なヤツだ。

仮にも伯爵令嬢だという事を忘れるなという事だろうな。


(令嬢ってのは窮屈で嫌になる)


平民の方がよっぽど気楽だったろうに……


「分かった分かった。今回は私の負けよ」


両手を挙げ降参のポーズを取ると、満足気な顔付に変わった。

何となく周りもホッとしたような空気に包まれた。


その様子を見て、ティーダが声を掛けてきた。


「もしもし?もうそこら辺にして飯にしない?」


気づけばみんな手にスープの入った皿を手にしていた。

どうやら夕食が出来上がっていたらしい。


木の根に腰掛けていると、グラムが怯えながらスープを持って来てくれた。

中身はキノコや山菜、鹿肉の入った具だくさんのスープで主食として十分なものだった。

そりゃ屋敷の料理と比べれば貧相なものだが、こうしてみんなと外でワイワイしながら食べた方が私には性に合っている。


「じゃあ、腹ごしらえも済んだ所で、恒例のいきますか?」


自分のテントに戻ろうとした所でティーダが騎士達に声を掛けていることに気が付いた。


何事かと聞いてみれば、どうやら新人を集めて怪談話をして怖がらせて楽しんでいるらしい。


「お嬢さんも一緒にどう?」

「貴方、中々いい趣味してるわね」

「いや~そんな褒めないでよ~」


褒めてない……


まあ、楽しそうだと参加させてもらう私も大概いい趣味をしていると思う。

ルドとエルスも面白そうだからと参加することにした。


「じゃあ、俺から……」


真っ暗のテントの中に蠟燭が一本。それだけで十分雰囲気は出ているが、ティーダは更に声色を変えて更に恐怖を煽っていて、すでに半泣きの新人が数人いる。


「ある娼館に大層人気の娼婦がいた。その娼婦は日に何人もの男を相手にする為、自分のベッドに着くのはいつも日が昇り始める頃だった。──そんなある日、やけに客入りが悪い日があった。娼婦達は早々に切り上げ、呑みに行く者やのんびり自室で過ごす者など急な休みを喜んだ。人気者の娼婦も、今日ばかりはと呑みへ出掛けることにしたが、外は生憎の雨模様。しかも霧が濃いときた。──そう、まるで今のような……」


ゆっくり話すティーダの話に耳を傾けるながら、喉がゴクッと鳴る。


「娼婦はこんな雨模様だから客入りが悪かったのかと察し、久々の休みに恵みの雨だと喜び酒場へと急いだ。その途中、近道をしようと裏取りへと入ると何やら鳴き声が聞こえてきた。鳴き声のする方へ向かうと、幼い男の子がびしょ濡れになりながら泣いていた。娼婦は慌てて駆け寄り問いかけた。『こんな所でどうしたの?』しかし、男の子は泣いてばかりで答えない。『お父さんやお母さんは?』そう問いかけるが反応は無い。困った娼婦が頭を抱えていると男の子が娼婦のスカートの裾を掴んだ。『……お父さんとお母さんは僕がいらないんだって』その言葉でこの子が棄てられたのだと察した。となれば、この子の行く場は孤児院だ。娼婦は手を握り連れて行こうとした。しかし、男の子は一向に動こうとしない。『お姉ちゃんも僕を棄てるの?』『うんん。お姉ちゃんは君を捨てたりはしない』微笑みながら伝えると、ずっと俯いていた男の子が顔を上げた。その瞬間、娼婦は悲鳴をあげた。その子の顔は焼けただれ、片目からは蛆虫が湧いていたのだ。腰を抜かした娼婦に男の子が近づき『これからはずっと一緒だよ。』と囁いた」


全てを話し終えたティーダは顔面蒼白で震えている騎士を見て満足気に微笑んでいた。


そんな時──


ガサッ!!


「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


外で物音がし、驚いた私は隣にいたエルスに抱き着いた。


ティーダがその音の正体を確認するために外に出て行き、暫くすると「出てもいいよ」と声がかかったので、恐る恐る出てみると、そこには若い男が立っていた。

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