第105話

「……グス……酷いやん……僕の、僕のプリチーな尻尾が……」


教会を目の前にしてグチグチといじけているのは、クラウスに尻尾の毛を残して剃られたルド。


「いつまでいじけてんのよ。いいじゃない、黒獅子みたいでカッコイイわよ?」

「僕は豹やで!?あんなダサいたてがみなんてないんやァァァ!!!!」


どうやら獅子はお気に召さなかった様で、地面に突っ伏して泣き始めた。もう目的の場所は目の前なのに、面倒臭い一匹のせいで中々前進できずにいた。


クラウスと私は呆れるように溜息を吐いて、こうなれば強行突破かルドを置いて行くか目配せしていた。そんな時、ユーシュがルドの傍により膝を折った。


「何で泣いてるんですか?僕はスッゲェいかしてると思いますよ?」


ルドを抱き上げると、目を輝かせてどこぞのヤンキーみたいな口説き文句を言い放った。


申し訳ないが、この程度でルドの機嫌は取れるはずない。そう思っていたが


「………………ほ、ほんまに?」

「ええ。僕は尻尾が欲しくても生えませんし……ルドさんは他の獣とは違うと思ってたんですよ。こんな尻尾持ってるの、全世界探してもルドさんだけです」

「そ、そうか!?」


いや、まあ、元はタダの尻尾だけどね?毛を剃っただけだからね。と口から出そうになった所で、ポンッと肩を叩かれた。


「……ローゼル嬢……」


見ると、クラウスが黙って首を振っていた。その意は『ここは黙っていましょう』という事だろう。


横を見ると、先ほどまで伏せていたルドは今や上機嫌になりユーシュに「お前、ええな。僕の舎弟にしたるわ」と胸を張って言っている。本当にげんきんなものだ。


ユーシュも満更でない様子で「じゃあ、ルドさんは兄貴ですね!!」とルドを兄貴呼びして、更にルドを調子付かせている。


「まあ、くだらない寸劇はこの辺にして……そろそろ行きますよ」


クラウスの一言で、一気に身が引き締まった。

今回の任務で一番重要にすることはアルフレードの奪還。


「出来るだけ離れないように、何かあったら自分の身を第一に考えて行動してください」

「ええ。分かってる」

「では、行きます」


いざ、アルフレードの元へ──




◇◇◇



ユーシュの案内でやって来たのは、教会の裏庭。


「ここです」


ユーシュが指さした先には、小さな通気口が材木で隠すようにしてあった。


ギリギリ人が通れるサイズの小さなもので、ユーシュは通気口を開けると迷わず飛び込んだ。その後をクラウス、私、ルドと続き、出た場所はどうやら地下牢だった。


「この通気口は、僕が捕まっている時に見つけたんですよ」

「なんともまあ、よく見つけましたね……」

「ただ囚われているのは性にあわないんです。ああ、その階段を上がった先が教会の内部です」


あの爺さんの孫だけあって、怖いもの知らずというか肝が据わっているとか言うか……まあ、そのおかげでこの場にいるから、これ以上は何も言わないけど。


ユーシュの視線の先には地上へ繋がる階段があった。

普通の階段なのに、何故か足が竦み一歩が出ない。


(しっかりしろ!!)


グッと足を踏ん張り、ようやく一歩を踏み出した。


「──私が先頭へ」


クラウスが私を押しのけて、前へ立った。


「こういう時はレディファーストなんじゃないの?」

「こう言う場面だからこそですよ。私の存在を示すのには打って付けじゃないですか」

「……十分存在感はありますけど?」


「それは光栄ですね」なんて緊張感のない会話をしつつ階段を上がって行くと、次第に明るくなって来た。


クラウスが慎重に辺りを見渡しがなら地上へ出ると、そこは礼拝堂だった。


「…これが女神…」


正面には、その存在感と信仰感を大いに表すように女性の像が大切に祀られていた。


女神と言われるのが納得出来るほどの美貌で、今にも動き出しそうなほど繊細で精密に造られている。


「美しい方ですね」

「そうですね……」


こんなに美しい石像は初めてで、思わず見蕩れてしまった。

それはクラウスも同様で一緒になって見上げていると、背後から人の気配が近づいて来るのが分かった。


「まずい!!」

「一先ず身を隠しましょう!!」


慌てて聖壇の中へ。


「ちょっと、クラウス様、変なとこ触らないでくださいよ」

「すみません。こればかりは不可抗力です」


覆いかぶさりながら、嬉しそうに言われても説得力の欠片もない。


何もこんな狭い空間に全員隠れなくてもいいだろうに……と思っていると、カツンッと聖壇の前で足音が止まった。


恐る恐る覗いてみると、そこには


「……アルフレード……様?」

「「!?」」


まさに私達が探していた人物が、目の前にいた。

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