第111話

「おい、小娘。そろそろ戻るぞ」

「…………」


ユーシュに無理やり外に連れ出されたが、地下に通じる通気口から動かずクラウスが出てくるのを待った。


どれぐらいの時間が経っているか分からないが、その場から動こうという気はなかった。ユーエンもユーシュも呆れながらも離れず一緒にいてくれる。


「あの者なら大丈夫じゃ。そんな簡単にやられまい。まあ、どっちかが負けるのは仕方ないことじゃ」

「爺ちゃん!!」

「なんじゃ、本当のことだろ!!」


相変わらずデリカシーのない事を言っては、ユーシュに止められている。だが、そんな言葉は耳に届いていない。


瞬きを忘れるぐらい、真っ直ぐ通気口だけを見ている。


クラウスを信じていない訳じゃない。きっと無事に出て来てくれる。そう願ってはいるが、どうしても落ち着かない。

もしかして、アルフレードのように聖女の元に行ってしまうんじゃないか……私の事を忘れてしまうんじゃ……そう思うと胸が苦しくてどうしもうもない。


(イナンの言う通りだわ……)


こんなにも、人に執着しているとは思っていなかった。前世の私の考えは正解だわ。


そう自嘲していると、ガシャンと通気口が動いた気がした。


「ああ、待っていてくれたんですか?」


ボロボロだが、いつもと変わらぬ笑顔を見せながらクラウスが姿を現した。


「く、クラウス様!!」

「お待たせしました。やはり、アルフレード相手では骨が折れますね」


言いずらそうに頬を搔きながら「まあ、負けてしまいましたが」と結果を公表してくれたが、そんなことはどうでも良かった。


「ローゼル嬢?」

「~~~ッ!!」


俯いている私の顔を覗き込むように見てきて、視界にクラウスの顔が映ったら涙が溢れてきた。咄嗟にクラウスに抱き着き涙を誤魔化そうとした。


クラウスは「ちょっ、どうしたんです!?」と驚いていたが、ユーエンが「緊張の糸が切れたんじゃろ」と伝えると、優しく抱きしめ返した。


「大丈夫ですよ。私は貴女の事を忘れたりしません。アルフレードも元に戻りますよ。彼はああ見えて、結構執着心が強いんです」


頭を撫でながら宥めるように言われ、自分でも涙を止めようとするが一度決壊した涙を止めるのは中々難しいらしく、クラウスの服を強く掴んで離せない。


「こんなにも愛らしい貴女を離したくないのは私も同じなんですが、少々場所が悪いですね」


それは分かってる。傍から見たら、単にいちゃついている男女の絵だ。だけど止まんないんだよ!!と声を大にして言いたい。


「仕方ないですね……」耳元でそんな声が聞こえたかと思えば、顎を持ち上げられあっという間に唇を奪われた。


「ッ!!!!」


執拗に舌を絡めてきて、涙どころか心臓も止まりかけた。


「どうです?止まりましたか?」

「~~~~ッ、あ、あんた、敵地で何してんのよ!!」

「涙が止まらなかったようなので、止めるお手伝いをしたまでですよ」

「時と場所を考えて!!」


真赤に染まった顔で唇を拭いながら文句を言うが、満足そうに微笑んでいる。


「へぇ?時と場所を考えればいつしてもいいと?」

「そうは言ってない!!」


クラウスは濡れた唇を指でなぞりながら言う。その姿は妖艶という一言では言い表せれない程。


(色気の暴力がけしからん!!)


二人で言い合っていると、背後から「ゴホンッ」という咳払いが聞こえた。


「ああ、儂らに気にせず続けていいぞ」

「え、えっと……僕は何も見てません!!」


見ると私以上に顔を真っ赤にさせたユーシュと、愉快そうに目を細めてほくそ笑んでいるユーエンが目に入った。


(穴があったら埋まりたい!!)


爺さんはともかく、ユーシュに気を使わせてしまったことがいたたまれない!!


恥ずかしさでどうにかなりそうだが、両手で顔を覆う事ぐらいしか出来ない。


「……そんなに可愛い仕草をしていると、我慢できなくなるんですが……」


何が!?とは到底聞くことは出来ず、顔を背けるのがやっとだった。背後からクラウスの息を殺した笑い声が聞こえたが、もう知らん。勝手に笑ってくれ。


「ああ~そろそろいいかの?続きは帰ってからやってくれ」


待ちくたびれたユーエンの言葉で我に返り、足早に教会を後にした。



◇◇◇




「──ほんで?逃げ帰って来たんか?」


帰ってきて早々、ルドの辛辣な言葉が胸に突き刺さる。が、行きもしなかった者に言われるの筋合いはない。


「あんたね。教会に入れもしないのに、随分と舐めた口聞いてくれるじゃない」

「入れないんじゃなくて、気分が悪ぅなるんですぅ」

「同じじゃない!!」

「違いますぅ!!」


胸倉を掴みながら言い合う私とルドの間にクラウスが「まあまあ」と言って割って入って来た。

「ふん」と言いながらルドを離すと、その場にしゃがみこんだ。


「さて、それで?どうすればいいの?」


不貞腐れながらユーエンに問いかけたが、ユーエンの顔色はあまりよくない。


「先も言ったが、あやつに掛けられているのは幾重にも重なったものじゃ。万が一にも解術できたとして、お主らの知る者に戻るかどうか……」

「そんな!!」


クラウスが声をあげた。


(戻らないかもしれない……?)


自分勝手で、いつも上から目線で偉そうなアルフレードが?人の話なんて聞かなくて、厭味ったらしく私に絡んでくるアルフレードが?


目の前が真っ暗になるとはこういうこと何だろうと知った。


……そんな呆然とするローゼルを、ルドが目を細めて見ていた。


「どにかならないんですか!?」


クラウスが声を張り上げながらユーエンに問いかけるが、ユーエンの顔色は曇ったままだった。


なんとも言えない空気が漂う中「…………大丈夫よ」と呟いた。


「あいつはあれぐらいの事で自分を失うような奴じゃない」

「……ローゼル嬢……」

「それに私達が信じてあげてないと、団長としての威厳がなくなるでしょ?」


そう言って笑うと、ようやくクラウスにも笑みが戻り「そうですね」と返してくれた。

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