第98話

「さて、まずはここへ来た理由を聞きましょうか?」


仁王立ちで笑みを崩さないクラウスと機嫌の悪いエルスに、苦笑いを浮かべているエミールを前にして私は体を小さくさせてベッドの上で正座している。


イナンはクラウスとエルスの圧に負けて、不貞腐れた顔をしながらも大人しく椅子に腰かけている。


「ここに来た理由については、あんた達も勘づいているでしょ?その通りよ。だけど、残念なことに無駄足だったわ」

「……そう言ういい方はないんじゃない?」

「あら、本当の事でしょ?」


イナンが口を出してきたが、私が言い返すと面白くなさそうに黙った。


そんな顔をするなら、こっちに手を貸しなさいと喉の奥まで出かかったが、それを言ったら意固地になって更に拗れることが分かっているからグッと飲み込んだ。


「……あの、一つよろしいでしょうか?」


クラウスが躊躇いながらも、挙手して問いかけてきた。


「何となく感じておりましたが、もしかしなくてもお二人はお知合いですか?」


その言葉に私とイナンはビクッと体が震えたが、この関係性を話すとなると正直面倒くさい。それはイナンも一緒の様で、こちらに目配せしてきた。


『姉さん何とかしてよ』

『はあ!?私がこういうの苦手だって知ってるでしょ!?』

『ああ、そうか。馬鹿が付くぐらい正直だもんね』

『なんですって!?』


視線で会話をしていると、ゴホンッとエルスが咳払いしてきた。


「……おかしいですね……お嬢様の交友関係は把握しているつもりですが……いつお知合いになったのでしょうね?」


完全にスイッチの入ってるエルスの睨みに思わず後退りしてしまう。


というか、交友関係まで口出される筋合いはないんだけど!?確かに交友と言う程、交友する者はいないけどさ。それぐらい自由にさせてくれてもいいじゃない。


(これだから貴族ってのは息苦しくて嫌になる)


チッと小さく舌打ちすると、エルスに物凄い形相で睨まれた。


「……はぁ~、もういいよ。俺らの関係教えてやんなよ」

「は!?」


急にイナンがそんなことを言い出した。


「ちょっと、正気!?」

「俺はいつでも正気だよ。姉さんこそ、この程度で狼狽えるなんてらしくないでしょ」

「そうは言うけど……」


「前世で面倒を見てきた子です」なんて言った所で誰が信用するのよ。それに今は私達の関係よりも、先に解決すべき問題があるんじゃないの!?


ブツブツと文句は出てくるが、中々話すことができない。


「貴方はローゼル嬢の事を”姉さん”と呼んでいるようですが……もしかして、腹違いの……?」


エミールがとんでもないことを口にしてきたので「それだけは違う!!」と即答で返しておいた。

おしどり夫婦として有名で、母様以外の女性に目もくれない父様が他所で子供を作っていたなんて噂が立った日には、シェリング家が終わる……物理的な意味で……


「まったく……仕方ないね。俺から話すよ」


一向に話出さない私に痺れを切らしたイナンが背を正して、クラウス達に向かい合った。本当に話すのかと止めようかと思ったが「まあ見てな」と軽くウインクしてきたので、任せることにした。


不安じゃないと言えば嘘になるが、このままでは先に進まないので賭けてみた次第だ。


「まあ、話すと長くなるから色々端折るけど、俺のに瓜二つだったこの人と出会って、話をしていく内に姉と重なる部分が多かったから俺は姉さんと呼ばせてもらってる。因みに出会ったのは式典の時が初めてだよ。親しくなるのに時間なんて関係ないだろ?」


淡々とよくもまあ、言葉が出てくるなと感心しながらイナンの話を聞いていた。

嘘半分事実半分と言った所だろうか……ただ、こんな話で納得してくれるような奴らでは無い。


「そんな嘘がまかり通るとでも?ローゼル嬢は他人に易々と心を開く様な女性ではありません。貴方との様子を伺う限り、昨日今日知り合った間柄ではない様に感じますが?」


いつもの穏やかな様子は一切なく、氷点下まで冷えきった声で物申している。


流石は騎士団の団長様。人の目利きは一流だ。


「ふ~ん。そんな事を言うってことは、まだ姉さんに認められてないんだ?」

「──ッ!?」


口元を吊り上げニヤッと笑うイナンに、クラウスはカッと赤くなった。


「あははは、図星か。ざまあないね」


勝ち誇ったように笑うイナンと、怒りで震えているクラウスを見て「その辺りにしなさい」と間に入った。このまま言い合いを続けても終わりが見えない。


「殺るならこの件が終わってから存分にやって頂戴。クラウス様もクラウス様ですよ。この程度の挑発に乗るよう人ではないでしょうに……」


私の言葉にイナンは不貞腐れて、クラウスはバツが悪そうに俯いた。


「とりあえず、ここにはいても仕方ないわね」


クラウス達に部屋から出るよう促し、その後を追って私も出ようとした時「姉さん」と呼び止められた。


「一つ、教えてあげるよ。姉さんは絶対俺のものになる」

「結構な自信じゃない」

「自信じゃない。確信だよ」


そう言うイナンは、不敵な笑みを浮かべていた。

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