第101話

ルドの転移で降り立ったのは、薄暗い路地裏だった。

顔を上げれば少し行った先に通りがあり、人が横切っているのが分かる。この場に人がいなかった事が不幸中の幸いだ。


「ちょっと、あんた!!もうちょっと着地点選べなかったの?」

「あ!!またそんなこと言うん!?カファトウ国こん中入るんも苦労したんやで!?」

「そんな事は分かってるけど、もうちょっと考えてよ!!到着早々捕まるところだったじゃない!!」

「そんなこと言われても僕は知りませぇん!!」


小声で言い合いしていると、クラウスがすかさず止めに入った。


「お二人とも口論している場合ではありませんよ。……どうやら、我々の格好では目立ち過ぎる様です」


クラウスが表通りを見つめながら助言してきた。


この国の連中の装いは大分変わってる。頭の上から爪先まで大きめの外套を羽織っていて、顔色すら伺えない。

まるで星詠みの者達を彷彿とさせる光景に、自然と気が引き締まる。


「とりあえず、我々も姿を隠す物を用意しましょう」

「そうね」


こんな全身丸見えでは、他国から来たものだと言っているようなもの。このままでは騒ぎになり、追い出されるのが目に見えている。とは言え、路地裏に全身を隠せるような布などそう簡単に見つかるものでもない。


そこで、省エネモードに変化したルドが人を誘い込み、眠らせた所でその者が被っているのを拝借する事に……


「騎士でありながら、民間人のものを強奪するなんて……」


クラウスは最後まで「騎士」だの「団長」だの言って渋っていたが、そんな安いプライドなんて敵地に入れば無意味でしかない。


「さてと、じゃあ行きますか」


フードを深く被り、意を決して人混みの中に……


こう言う時はオドオドしていると逆に目立つから、堂々とする方がいい。

フードを深く被っているので、周りの様子はあまり分からないが、この国の異様さはよく分かる。


人はそれなりに歩いているが、賑わっていると言う雰囲気では無い。行き交う人みんな無言で歩いている。連れ添って歩いている者もいるが、会話は全くない。


(なんなの、この国は……)


正直な感想を言えば不気味。


そんな町中を歩いていると「おや、他国の人間とは珍しい」と声を掛けられ勢いよく振り返れば、そこには路の端にしゃがみこみ、フードから少しだけ顔を見せている老人がいた。


今の私達はこの町に完全に溶け込んでいる。その証拠に、ここまで気付いた者はいない。だからこそ、この老人に気付かれたことに驚愕すると共に、身構えた。


「ふぉっほっほっほ、そう警戒することなかろう?見ての通りの老いぼれジジイじゃ。お主らには何もせんわ。ただ、警告はしといてやろうと思うてな」

「警告?」

「そうじゃ。お主ら、赤髪の者を探しておろう?」

「──!?」


その言葉には驚きを通り越して唖然としてしまい、その様子を見た老人はほくそ笑んだ。


完全にこちらの動向を知っている老人を警戒するなと言う方が難しいと言うもの。


「その者だが、教会に捕らわれておる。だがな……ああ、始まるな」


老人が視線を向けた方を見ると人々が集まり、何かが執り行われるのは明らかだったが、それが何かなのかは分からない。

呆然とその人だかりを眺めていると、大きな鐘の音が響き渡った。その音は尋常ではなく、全身が揺れるほどだった。


「な、何!?」

「あれは、この国の女神の為に供物を捧げる儀式の開始を知らせとる」

「供物?」

「そうじゃ。ここの女神はその美しさでおのこを惑わし、気に入った者を自分の手の元に置いておった……」


そんなある日、まだ色恋を知らぬ年若い青年がこの国を訪れた。

その青年は始めて見る美しく可憐な女神に一目ぼれしてしまった。だが、女神は相変わらず色んな男を侍らかせている。他の男に笑いかけ、密着するように身体を摺り寄せているのを見て青年は初めて感じる嫉妬や妬みに苦しみ、次第にその想いは修羅に燃えた。


そして、事件は起きた。


青年は、初めて自分から女神を寝間に呼んだ。そして、真黒な嫉妬に飲まれた青年は、淫らに横たわっている女神の首を躊躇なく掻っ斬った……


「男も女神を追って自死してしもうたが、それからが問題じゃった……」


女神の加護は当然なくなり、ましてや自分が囲っていた男に殺されたと知った女神の念は怨恨となり、この国に多大な影響をもたらした。

空は太陽の光を失い、厚く真っ黒な雲に覆われては作物は育たない。更には原因不明の病が流行り、死人が多数で始めた。


そこで国王は女神の怒りを鎮めるべく、美しい男を女神に捧げる事にした。


「それが正解だったか分からぬが、一人男を捧げれば空が晴れ、二人捧げれば作物が実った」


三人、四人と捧げて、六人目でようやく国は元の状態を取り戻した。そこから、毎年美しい男を捧げるようになったと……


「それからじゃ、この国が異様なまでに信仰深くなり、このような事態を引き起こした他国の者を忌々しく思い、酷く嫌うようになったのは」


老人は重々しくも、ゆっくりとした口調で話して聞かせてくれた。だが、これは警告と言うよりも、ただの昔話。神話に近いのか?まあ、この手の話はよく聞くし、長々と聞いていても仕方ない。それに、気にかかることがある。


「爺さんの話からすれば、供物って、もしかして……」

「そのもしやじゃが?」


美しい男を差し出す儀式……そこに絶世の美しさを誇る騎士が現れたら?

忌み嫌う他国の者を供物にする事に抵抗はない。それこそ、飛んで火に入る夏の虫。今から供物にされそうになっているのは


……アルフレード……!!


「何故それを早く言わん!!」

「あ、こら!!話はまだ済んどらんぞ!!」


引き止める老人を振り切り、人集りとなっている場所へと急いだ。




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