第107話

クラウス達と合流できたのは朝日が昇り始めた頃だった。


「あ、ローゼルさん!!」

「……クラウス様の様子は?」

「あまりいいとは言えませんね」

「……そう」


息が上がり、ぐったりとしている状態を見れば状態が良くない事ぐらい聞かなくても分かる。いつもならルドに治してもらえるが、今のルドは術が使えない。聖力で護られているこの国では魔術そのものが遮断されるらしく白魔法すらも使えない。不甲斐ない自分を見られるのが嫌で隅で小さく丸まっている。


声をかけらる雰囲気でもないし、このままにしておこう……


「ローゼルさんも手当するので、こちらへ」

「私はいいわ。この程度かすり傷よ」

「駄目です!!傷が残ったらどうするんです!?」


クラウスみたいな事を言いやがると思いながら、ユーシュの言う通り手当てを受けた。ユーシュとて聞きたいことがあるだろうに、黙って手を動かしてくれている。


その場に重苦しい空気が漂い始めた所で「おやおや」と聞き覚えのある声が聞こえた。


「なんじゃお主ら。意気込んで行った割には尻尾を巻いて逃げてきおったのか?」

「………………」


ゲラゲラ笑いながら言われるが、その通りなので言い返せない。

ユーエンは倒れているクラウスを見ると「どれ」と近くに寄ったかと思えば、手を大きくかざした。何してんだ?と思っていたが、よく見るとクラウスの傷が徐々に塞がっているのが分かった。


「なっ!!」


私が驚いている間にも傷は塞がり、呼吸も安定して血の気が戻って来た。


「これで一先ず安心じゃろ」


何事もなかったように振舞うユーエンだが、このまま何も見なかったという訳にはいかない。


「………………爺さん。あんた何者?」

「なんじゃ、礼も言えんのか?」

「話を逸らすんじゃないわよ」


クラウスを助けてくれた事には感謝はする。だが、今はそれよりも先にこの爺さんの正体を知る必要がある。


鋭い目つきで睨みつけると、観念したのかようやく口を割った。


「儂は、元聖職者じゃよ」

「聖職者?」

「そうじゃ。そして……その昔、女神に心を奪われた一人でもある」

「は?」


このユーエンはその昔、教会で神職に就いていた。

その力は素晴らしく勤勉で、雑用などの職務にも真面目に取り組む姿に、将来は教皇だとまで言われていたほどだ。


そんな時、噂を聞いた女神がユーエンの元を訪れた。


ユーエンは初めて目にした女神に一瞬で心を奪われてしまった。それからのユーエンは、女神から声がかかれば職務を放棄してでも直ぐに駆けつけると言う事を繰り返した。


仲間はユーエンに失望し、次第に距離を置き始めた。


周りに誰も居なくなった時にようやく我に返り、このままでは自分が自分で無くなると思ったユーエンは教会から逃げ出し、人目の付かない山奥へと篭った。


「今思えば、女神は魅了の力を使っていたんではないかと思うとる」


全ての話を終え、その場に沈黙が流れた。


確かに、その説も考えられるっちゃあ考えられる。だけど、それより何より確かめなければいけないことがある。


「爺さん。あんた、女神のお眼鏡にかなう程いい男だったの?」

「なっ!?お、お主、疑うのか!?」

「当たり前でしょ!?なんなら、聖職者っても怪しいわ!!」

「言っていい事と悪いことがあるぞ!!」


女神さまってのは相当な面食いらしいと言うのを知っているからこそ、目の前の爺さんがお眼鏡に叶ったと言う事実がどうしても信用できなかった。


ムキーッと顔を真っ赤にして憤怒しているが、ムキになればなるだけ疑いが増すと言うもの。

まあ、悔しいが、聖職者というのは本当だろう。じゃなきゃ、クラウスの傷を治す事なんてできるはずない。


「もういいわ!!折角、いいモノ持って来てやったと言うに!!」

「ん?なに持ってんの?」


ユーエンの手には紫色の……首輪?


おい、この爺さん、この非常事態に何持ち込んでんだ?とゴミを見るかのように冷ややかな目で見つめ返した。


「阿呆!!これは、お主の従者に用意したものじゃ!!」

「は?ルドに?」


思わず眉間に皺が寄った。


「爺さん、今のルドの姿は愛くるしい豹だけど、実態は人なのよ?」


人に首輪なんて、奴隷と同等。飼い犬と一緒じゃない。

そんな真似はさせられないと言うが、ユーエンは「分かっとるわ」と一言。


「術が使えんのじゃろ?これにはまじないが込められとる。暫くの間なら術が使えるようになろう」

「──!?」


その言葉にルドが勢いよく振り返った。


「……その言葉ほんまやろうな」


壁際にいたルドはゆっくりユーエンに歩み寄ると、鋭い眼光を向けながら問いかけた。


「本当かどうか試してみるか?」

「………………」


ルドは疑うように真っ直ぐとユーエンの目を見つめていたが、意を決したように首輪を手に取った。


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