第29話
声が聞こえた方を振り返ると、倒れたダークウルフを軽やかに避けながらこちらに向かってくる姿が見えた。
「ルド!!」
「いや~すまんかったな。術式がごちゃごちゃ絡んどってほどくのに手間かかってもうたわ。──……んで?この死にぞこないどないしたん?」
相変わらずのんきな口調で瀕死のエルスに目をやった。
「ルド!!お願い!!エルスを助けて!!このままじゃ死んじゃう!!」
「おっと……!!」
この時の私は既にダークウルフの事なんて頭にはなかった。
それよりも早くエルスの手当てをしなければと焦りが募りルドに飛び掛かって必死に縋った。
「確かにこの傷じゃそう長いこともたんな。けどなぁ~……こいつ助けても僕になんのメリットあるん?僕の事目の敵にしとる奴がいなくなる方が僕にとっては都合ようない?」
そう言われればそうだけど、今は損得勘定で言っている場合じゃない。
私は最強の言葉を口にした。
「ルド。これは命令よ。今すぐ助けて」
「うっわ!!マジか!!きったな!!ここで命令するん!?お嬢、そりゃなんでもずるいやろう~」
「うるさい!!この際汚くてもずるくても何でもいいの!!」
こんなくだらないやり取りをしている間にもエルスの命は消えかかってるんだから。
「……ったくしゃあない。ご主人の命令は絶対や。歯向かえばタダじゃすまんし……それに、大事なご主人を泣かせたこいつを一発殴ってやらんといかんしな」
ニカッといい笑顔を向けながら私の頬を伝う涙を優しくぬぐってくれた。
「んじゃ、まあ、もう一仕事しますか」
肩を回しながらゆっくりエルスの元に行くと何やら呪文を唱え始めた。
ジッと見守る事しか出来ない私は必死に祈った。
(お願い……!!無事でいて……!!)
そう願うとエルスが淡い光を放つ膜なようなものに包まれた。
ルドは相当力を使っているらしく、汗が滴り落ちているがそんなもの気にする素振りなく目の前のエルスに集中してくれている。
ギュッと握りしめている手にも力が入る。
しばらくすると「終わったで」という声が聞こえた。
目を開けるとまだ意識は戻っていなものの、先ほどまで青白かった顔が赤みの帯びた顔色に変わり、規則正しい息を吐いているのが分かった。
「……エルス……生きてる……」
「まぁ、正直ぎりぎりやったね。あと数分遅きゃ死んどったわ」
「……よかっ……よかった……!!」
「──っと、あぶなっ!!」
立ち上がろうとした所、安堵と疲れが一気にきて足元がおぼつかず倒れこんだがルドの腕に助けられた。
そのまま私はルドの胸にしがみつき泣きながら「よかった……!!」と何度も何度も口にした。
ルドは何も言わずに私が泣き止むまで抱きしめてくれた──……
◇◇◇◇
あの後、ルドがエルスを屋敷まで運んでくれた。
傷はルドが治してくれたが、流れ出た血の量を思えば重傷には変わりない。
しかし、ルドが治療までできるとは思いもしなかった。
しかも瀕死な傷を負っていたにも関わらずその傷を治したのだ。
私の知っている黒魔術師は呪いや傀儡、更には禁術を使い相手を傷つける事しか能がない連中しか知らない。
こんな聖女のような力を使う者を私は知らない。
(もしかして、とんでもない術者?……まさかね。だって、ルドだし)
「なんや?なんか失礼なこと考えとるやろ?」
私がジト目で見ていると、その視線に気が付いたルドが不貞腐れながら言ってきた。
その顔を見て「ふっ」と笑みがこぼれた。
(なんだっていいじゃない。ルドには変わりないんだし)
「あ~!!また失礼なこと考えとったやろ!!僕のガラスのような心が傷ついたわ~」
胸に手をあててふらふらと大げさによろけて見せた。
その仕草に耐えきれず笑い声が響き渡った。
「あははははは!!そんなに繊細なわけないでしょ!!」
「──……ようやっと笑った」
「え?」
ルドを見ると、今まで見たことない優しい表情で微笑みながら私を見ていた。
ドキドキと心臓の音が聞こえる。
(なななな、なんっつー顔してんの!?)
そのままルドがゆっくり私に近づいてきたもんだから私の心臓は今までにないぐらい早鐘を打っている。
「……お嬢……」
熱を含んだ声で言われたらどうしていいか分からず思わずぎゅっと目を閉じた。
すると……
「やっぱお嬢は威勢がようないとな!!こっちも調子狂うわ!!」
「わはははは!!」と私の肩に手を置いて笑うルドを見て、一気に殺意が沸いた。
それと同時に恥ずかしさが込み上げてきた。
「死ね!!」
腰につけていた剣を手にすると、ルドに向けて剣を振り下ろした。
「──うわっ!!なんなん!?僕がなにしたん言う!?」
「うるさい!!黙って死ね!!」
「なにその理由!?無茶苦茶や!!」
ルドは素早く私の剣を避けながら戸惑っている。
反撃してこないのとこを見ると、私が本気で殺ろうとしていないと思っているのか……反撃するに値しないと思っているのか……まあ、どちらにせよ腹立たしい。
「ちょ、ちょっと待ちや!!今は鬼ごっこしとる場合ちゃうやろ!?」
なるほど、鬼ごっこしていると思われていたのか……
更に殺気を込めると「マジで待ちや!!」と本気の
そうだ、私にはまだやる事が残ってる。
それは術から解放されたダークウルフの処置。
今はまだ解放された衝撃で気を失っているが、意思が戻ったらこのまま放置しておくのはまずいのだ、早く森へと帰さないといけない。
その為にルドが魔法陣を描いてくれた。その円の中にダークウルフを一匹残らず入れ、一気に森へと送る手筈だ。
私が大人しくなったのを見てルドが溜息を吐き、倒れているダークウルフの元へ行こうとしたのを見て、思わずルドの服を引っ張った。
「──っうお!?ほんに、なんやねん!!」
「流石に怒るで!!」と苛立った声で怒鳴られた。
「…………エルスを助けてくれてありがとう…………」
恥ずかしくて俯きながら小さな声になってしまったが感謝の言葉を伝えた。
ルドがいなければエルスはきっとダメだった。
だから、どうしてもこれだけは伝えたかった。
けど、思いを伝えるのが下手な私にはこれが精一杯。
それでもルドには私の気持ちは伝わった様でポンッと優しく頭に手を置かれた。
その手の温もりに泣きそうになったが、グッと堪え笑顔で顔を上げた。
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