第113話

この国に潜入して早数日が経った。

相変わらず突破口が見つからず、流石に疲れの色が見えてきた。


そんな折、朗報が─


「本当!?」

「ええ、明日ぐらいには合流できるそうです」


クラウスが教えてくれたのは、エルスとエミールがようやくこの国に入る手続きが済んだと連絡があったらしい。


「こちらの状況は報告してありますが、実際に見るまでは半信半疑でしょうね」


困ったように言っているが、この状況でも逐一報告を怠っていなかったことに驚きだわ。


「おや、なにやら失礼なことを考えています?」

「い、いえ!!全然!!」


全く笑っていない目を向けられて、慌てて目を逸らした。背後で「クスクス」とクラウスが笑う声が聞こえた。

横ではルドが頭に手を回して昼寝しているし、奥ではユーシュが昼食を作ってくれている。


(穏やかだわ)


敵地であり得ない事だけど、ほんの少しでも気が休む時間は大事。もう、このままでもいいんじゃないかと思ってきちゃう……


そう思った次の瞬間─


「失礼しますよぉ」


聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ればそこにはイナンが笑みを浮かべて立っていた。


穏やかな空気が一変、張り詰め空気に変わった。すぐにクラウスが私を背にして庇ってくれたが、その手を押し退け前に出た。


「……なんでこの場所─って聞いても仕方ないわね」

「あははは!!そうそう、僕が姉さんの事を知らない訳ないじゃない」

「なんの用?」

「嫌だなぁ、そんなに警戒しないでよ。今日は喧嘩売りに来たんじゃないんだからさ」


そう言って出されたのは一枚の封筒。


「三日後に大規模な舞踏会が開かれるんだよ。そこに姉さん達も招待しようと思ってね」


なんともまあ、危険な匂いしかしない。


「ああ、ドレスとかはこっちで用意するから身一つで来てくれればいいよ」

「…………目的はなに?」

「純粋にお誘いだよ。ああ、一つ言うとすれば、そこで聖女と赤髪の騎士の婚約が正式なものになる。ってことぐらいだね」


思い出したかのように言うイナンだが、ふてぶてしい笑みを浮かべている。


(わざとらしい)


要は、その場面を見せたいんでしょ?

アルフレードが聖女と婚約しようが関係ないけど、こいつにだけは一泡吹かせてやりたい!!


ちらっとルドとクラウスの方を見れば、二人は黙ってこちらを見ている。


(私の判断に任せる。…って事か)


それなら


「……分かった。行ってやるわ」


イナンから招待状を奪い取りながら、そう伝えた。


「だけど、あんたが選んだドレスは着ない。こっちで用意するから結構」


完全に強がり。

ドレスなんて持ってきていないことはイナンも知ったところ。小さな抵抗を見せる姿に「ははっ」と笑っていた。


「そういう事なら分かったよ。じゃあ、三日後。待ってるから」


「もし、ドレスが必要になったらいつでも言ってね」と付け加えると、さっさと出て行った。この時点で死んでもイナンにだけは頼らないと決めた。


ルドが横目で「あぁ~あ、どないすねん」とか「ドレスだけでも借りときゃよかったやん」とか言っているが、こちらにも意地と言うものがある。


(とは言え)


……ドレス……どうしよう……



◇◇◇



「エルス~~~!!!!」


次の日、予定通りの時刻にエルスとエミールが到着合流した。

合流した途端、エルスに抱き着き「会いたかった…」と上目遣いで瞳を潤ませながら言うが、エルスは驚くどころか動揺すら見せずに、顔を強ばらせた。


「一体、何をやらかしたんですか?着いてそうそう、貴女の尻拭いは勘弁して頂きたい所なんですが…」


眼鏡を光らせながら淡々と言われた。この執事は、主をなんだと思っているんだ?


「すみません。お疲れでしょうが、少々困った事がありまして…」


クラウスがエルスの誤解を解こうと口を挟んできた。


簡単に経緯を説明すると「ああ、なるほど」と納得したように頷いた。すぐに、後ろに控えていたエミールに目配せすると、大きな鞄が出てきた。


開けてビックリ。


中には数着のドレスと、装飾がぎっしり詰まっていた。


「もし城へ侵入する事になったら、必要かと思って持ってきたのですが。持ってきて正解だった様ですね」

「……神……!!」


思わず手を合わせたくなるほど、今のエルスには後光が射している。


「これで乗り込む準備は万端ね!!待ってなさいよ!!」


気合を入れて大きく腕を掲げた。

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