第114話
──三日後
有り合わせで準備したとは思えない程の出来栄えに、エルスの執事としての能力の高さに感服した。それと同時にドン引いていた。
「……あんたの能力は買っているつもりだったけど、ここまでくると異常よ」
「珍しいですね。お嬢様が誉め言葉を口にするとは」
「これを誉め言葉と取るあんたの神経を疑うわ」
「それはそれは、ありがとうございます」
「…………」
噛み合わない会話をし終えると「ご武運を」とエルスに見送られ、やって参りました。本日、行われる舞踏会の会場である教会へ。
私のエスコートは勿論、クラウスが担当してくれている。ルドは教会云々よりも社交の場が苦手だと言って、陰から見張っている。
ユーエンとユーシュは不参加。元々貴族でもないし、舞踏会なんて無理だと押し切られた。
「どうしました?」
「いや、大規模と言う割には、人が少ないなと……」
エルスより私の警護及びお目付け役を命じられたエミールに問いかけられ、周りを見渡しながら言い返した。
「そうですね。きな臭さしかありませんね」
「随分と楽しそうじゃない?」
「そんなことありませんよ?」
エミールは隠しているつもりだろうが、顔が嬉々としているのが丸分かり。本当に、戦闘馬鹿はこれだから………
「ここは敵本陣です。気を引き締めてください」
「分かってますよ」
クラウスからのきつい一言で黙った。
「ローゼル嬢。アルフレードがこのまま記憶が戻らず、聖女と婚約を結んでしまったら──」
神妙な面持ちでクラウスが何か言いかけたが、その言葉を遮るように元気のよい声が響き渡った。
「姉さん!!待ってたよ!!」
教会の前まで来ると、イナンがこちらに手を振りながらやってくるのが見えた。無邪気に笑っている姿は生まれ変わった今も同じで、思わずハーデスの時と姿がリンクする。
それは「ふっ」と笑みがこぼれるほど。
(私の知ってる弟分はもういない)
そう言い聞かせて、気を引き締めた。
「なんであんたが姉さんをエスコートしてんの?」
「何故と言われても、当然の事なので」
鋭い目つきで詰め寄るイナンを相手に、涼しい顔で言い返すクラウス。……頼むからここで騒ぎを起こすのだけはやめてくれ。
「ここからは俺が姉さんをエスコートするよ。おいで?」
子犬のような顔で言われて「ぐっ」と言葉に詰まっていると「ローゼル嬢?」と耳元で低く恐ろしい声が聞こえる。
子犬と大蛇に挟まれて、身動きが取れない。エミールに目配せするが、関係ないとばかりに背を向けていやがる。
まあ、ここでイナンと行動を一緒にしていた方が、何かと都合はいいかもしれない。ただ、それをこの男が許すかどうか……
「……クラウス様」
「駄目です」
「まだ何も言ってませんが?」
「私の手を振りほどいて、彼の元に行こうとしているのに?」
満面の笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「これは仕事よ。それ以上でも以下でもないわ」
真っ直ぐクラウスの目を見ながら言えば「分かりました」と、大きな溜息と共に手をゆっくりと離された。
イナンはすぐに手を差し伸べてきた。その手を取ると、力強く抱きしめられた。
「やっと姉さんを捕まえた」
消え入りそうな声が耳元で聞こえる。
(ここで絆されては駄目)
イナンの胸を強く押して距離を取った。
「勘違いしないで。あんたの元にいた方が都合がいいからよ」
「ははは、知ってるよ。今はそれでもいいさ」
気にする様子もなく「さあ、行こうか」と手を引かれて教会の中へ……
少し距離を取ってクラウスとエミールが後を付いてきているが、クラウスの不機嫌具合がひしひしと伝わってきてすごく居心地が悪い。
教会の中は思った以上に賑わっていて、入るとすぐにグラスを手渡された。
「この国の自酒だよ。飲めない事ないでしょ?結構いけるんだよ」
疑うつもりはないが、とりあえず匂いだけは嗅いでおく。何でも警戒したことに越したことはない。
「相変わらず用心深いね。毒なんて入ってないから大丈夫だよ」
確かに入ってなさそう。飲んだ所で、多少の抗体はあるから大丈夫だとは思うけど。そう思いながら、一気に呷った。
「おお、これは…!!」
思わず目を見開いて驚いた。
口の中に広がる果実の甘みと香り。それが甘ったるくなく、さっぱりとした甘みで美味!!
(高いだけのワインより断然美味い)
折角来たんなら存分に楽しませていただこうと、ボーイを呼びつけ酒を呷りまくる。遠くでエミールが信じられない者を見るような視線を向けてくるが知らん。
因みにクラウスは令嬢達に囲まれて、身動きが取れない状態。作り笑いでどうにか事を収めようとしているが、そう簡単には離してくれないだろう。
(イケメンも大変だわ)
完全に他人事で眺めていると、場の空気が変った。
「ほら、見てごらんよ。聖女様と騎士様だよ」
イナンが愉しそうに指さしてご丁寧に教えてくれた。
アルフレードは聖女の腰を抱き、教皇の前まで来ると膝をついて頭を下げた。
いよいよ、婚約が発表される。
持っているグラスが割れそうなほど力が込められているのが自分でも分かる。その手をイナンがそっと包んできた。
そして
「この国の女神に宣言しよう!!聖女であるマリアンナと、赤髪の騎士であるアルフレードの婚約をこの場で正式に──」
笑みを浮かべてアルフレードを見つめる聖女と、勝ち誇った顔のイナンだったが、その顔がすぐに曇る事になる。
「待て」
教皇の言葉を遮ったのは、怒気を含んだアルフレードの声だった。
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