第89話

ハーデスとの出会いは私がクロウとしての名を成し始めた頃だった。


「クロウ」

「何?」


ある日ボスに呼ばれて部屋に行くと、そこには小汚い身なりの少年がいた。髪はボサボサで体はやせ細って少し触れたら折れそうな程だった。

ろくな説明もないまま連れてこられたのだろう。小さい体で威嚇するようにこちらを睨みつけている。


「今日から仲間になるハーデスだ。お前が面倒を見ろ」

「はあ?なんで私よ。他に適任者がいるでしょ?」


あの頃の私は一人での行動が多く、危険なことにも躊躇なく首を突っ込んでいた。

仲間からは度々注意を受けていたが、気にも留めずに毎日過ごしていた。そんな私を心配したボスが苦肉の策に出たのだろうと思った。


「今は自分の事で手一杯なの。悪いけど他をあたって」


そう言って踵を返したところで「クロウ」と地を這うような低い声が部屋に響いた。ブワッと汗が吹き出し、その場から動けない程の圧を感じる。


「これはお前の仕事だ……引き受けてくれるな?」


背後から掛けられた言葉に溜息が出た。

反論は許さんと言わんばかりの圧をかけている時点で、私の意思はないも同然。


「はあ~……分かったわよ……えっと……貴方、ハーデスだったかしら?」


仕方なく承諾し、ハーデスと呼ばれる少年の傍に寄った。

闇夜のように黒い髪に見つめていたら吸い込まれそうな漆黒な瞳。ボスはそれが冥界を取り仕切る神みたいだからと、名をハーデスに決めたらしい。


冥界を取り仕切る神に死神という組み合わせに仲間からは随分と揶揄わられたものだ。


「私はクロウ。今日から宜しくね」


挨拶がてら自己紹介をし、握手を求める為に手を差し出したが


「プッ!!」


ハーデスはあろうことか唾を吐き捨てた。その唾は見事私の頬に……


「く、クロウ、落ち着け。まだこいつはここに来たばかりで戸惑っていてな」


怒りで震える私にボスと仲間が宥めるように声を掛けてくる。そりゃ、最初から心を開いてくれる奴なんていないのは承知しているつもりだ。だが、初対面の人間に唾を吐き捨てた上にこちらを見てほくそ笑んでいる姿を見て、堪忍袋の緒が切れた。


「上等だわこんにゃろう!!今すぐその腐りきった根性叩きのめしてやる!!」


その後はご想像の通り仲間やボスを巻き込んでの取っ組み合いになった。


それが、ハーデスとの初めての出会い。


まあ、何だかんだ言って面倒見ているうちにしっかり懐いてくれちゃったもんだから、引き剥がすのに大変だった思い出もある。


そんな昔を思い出し感情に浸ってしまったが、目の前にいる人物は本当にハーデスなのだろうか……


「え?ハーデス……なの?」


もう一度問いかけた。


「そうだよ。クロウ姉さん」


懐かしい名と共に懐かしい笑顔が思い起こされ、自然と涙が頬を伝った。


「あ~あ、なに泣いてんのさ。俺に会えたのがそんなに嬉しい?こんな所で姉さんの涙が見れるとわねぇ。鬼の目にも涙ってやつ?」

「……その腹立つ言い回し、間違いなくハーデスだわ……」

「やだなあ。冗談だよ。それに今はハーデスじゃなくてイナンだし。つーか、相変わらず手が早いんよねぇ。もう少し再会を喜んでくれてもいいんじゃない?」


涙を拭いながらイナンに殴りかかる私に、苦笑いしながらもしっかり受け止める。これは嬉しさを隠す為と久々に再会した者に対する恒例なもの。


「──で?いつ私だって気がついたの?」

「ん~気づいたっていうか、気になったのは城で遭遇した時かな。姉さん昔から立場が悪くなると気配が変わるからねぇ」

「え?いや、それは初耳だわ……」

「ははっ、そりゃそうさ。姉さんの気配に気づけるのはだから。まあ確信を得たのは、さっきの月を見て言った言葉だけどね」


呑気に話しているが二人とも攻撃の手は一切止めていない。お互い本気でやり合っているように見えるが、戯れ合っているだけ。急所は外しているし力も抑えているが、おりしていた子に負けるような私では無い。


「それで?星詠みのイナン殿は何を知っているの?……今更冗談は通用しないわよ?」


壁に追い詰めた所で確信に迫った。


「やっぱり姉さんには敵わないか。こっちの世界ならワンチャンって思ったんだけどなあ」

「話を逸らさないで」

「……分かったよ」


鋭い目で再度問いかけると観念したのかイナンが口を開いた。


「俺さ、生まれた時からこの身体じゃなかったんだよ」

「…………は?」

「元々イナンとして存在していた奴の身体に乗り移ったみたいでさ。憑依って言うの?だからイナンになったのはここ数年なんだよねぇ」

「ちょっと待って……理解が追いつかない……」


私がローゼルになったのは生まれてすぐだった。てっきりイナンもそうだと思っていたが違うらしい。


「これだからファンタジーは……」


頭を掻きながら文句を言っているが、気にせずイナンが続けた。


「この身体に移った途端、ちょっと先の未来が視えるようになってさ。元々イナンこいつの能力だったのか、俺が移ったことで起こった変異なのか分かんないけどさ」


「俗に言うチート能力ってやつ?」と自慢げに言ってのけた。



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