第6話 お肉を持って帰る

 呂青が拾われてから一年が経過した。

 こっちは数え年の文化(生まれた年を一歳とし、新年を迎えるごとに一歳ずつ加える)だから二歳になったのである。


 体が成長したお陰で、自力でやれることは圧倒的に増えている。


 まず自由に歩き回れるようになった。

 重心が安定しておらず、油断すると転んじゃうのだが、室内なら一通り移動できた。


 あと簡単な言葉を話せるようになった。

 パパとかママとか呼びかけると、呂布夫妻は大喜びしてくれた。


 視力も大人のそれに近づいてきた。

 色の違いだって分かるし、飛んでいる虫を目で追うこともできた。


 案の定というべきか、英姫は目鼻立ちのはっきりした美人だった。

 胡桃くるみのように丸っこい目と癖がなくて艶やかな髪がチャームポイントである。

 性格に嫌味なところがないから、村ではアイドル的存在といえた。


 呂布は彫りの深い顔立ちのハンサムだった。

 異民族の血が混じっていると本人も話しており、上背も肩幅も他の村人より明らかに大きかった。


 年齢は呂布が十九で、英姫が十八だ。

 二人が結婚したのは二年前。

 すぐに呂琳を身籠ったらしい。


 当時の英姫は十六だから、かなり早熟という気もするが、こっちの感覚では普通なのかもしれない。


 呂布は仕事が非番の日、呂青を肩車して近くの野山を散策してくれた。


 子供は高いところが好きだ。

 しかも呂布の歩幅は大きいから、肩車されている最中は巨人になった気分を味わえた。


「聞こえるか、青。きじが鳴いているぞ」


 遠くから、ケーン! と鳴き声がする。

 呂布は音のする方へどんどん歩を進めていく。


「見つけた。分かるか?」


 呂青は目を凝らしてみた。

 草むらの向こうで赤い鶏冠とさかのようなものが揺れた。


「ア〜」

「そうだ。大きな声を出したら雉にバレる」


 雉といえば緑色のボディをしていた記憶がある。

 けれども視界に映っている雉は黄色のボディをしている。


 近縁種だろうか。

 全身のシルエットは記憶の通りだ。


 呂布は近くの岩に呂青を座らせた。

 何をするのかと思いきや、腰からぶら下げていた狩猟用の弓を取り外したのである。


 えびらから矢を一本抜いて構える。

 大して力を込めたようには見えないが、つるから放たれた矢は光のように真っ直ぐ飛んでいった。


 驚いた雉がジャンプする。

 その首元には矢が刺さっており、体はあっけなく草むらに落下した。


 呂青の全身に鳥肌が立った。

 興奮のあまりペチペチと拍手する。


「青も成長したら、自分で雉を仕留められるようになる。そうしたら一緒に狩へ行こう」


 大きな手が呂青の頭を撫でてくる。

 呂布は弓を元の位置に戻すと、肩車を再開してくれた。


「英姫と琳にお土産ができた。今夜はお肉だぞ」

「アッ! アッ!」


 雉はまだ生きていた。

 これ以上苦しまないよう首をへし折り楽にしてあげる。


 人間は動物の命を食べて生きるのだ。

 当たり前の事実に気付かされた。


 村まで戻ってきた呂布は、まず肉屋を目指した。

 オヤジと何やら交渉している。


「ほう、立派な雉だな。呂布の旦那が仕留めたのかい」

さばいてくれ。ムネとモモの肉を取り出してくれたら、残りはくれてやる」

「お安い御用さ」


 肉屋のオヤジはさっそく包丁を取り出した。

 まずは皮ががされ、骨と肉がバラバラになっていくのを、呂青は近くで観察させてもらった。


「ほらよ」

「ありがとう。俺の家族が喜ぶ」

「お互い様だろう。俺も酒のさかなができた」


 肉屋から去る時、バイバイと手を振っておく。


「坊や、これが雉の羽だ。綺麗だろう。お母さんと妹ちゃんに見せてやりな。お父さんが大きな雉を仕留めたって自慢するといい」


 オヤジは血で汚れていない羽を何枚か握らせてくれた。

 家に着くまでの間、胸の中は誇らしい気持ちで満たされていた。


「帰ったぞ、英姫。肉屋で雉を捌いてもらった。これで今夜の飯をこしらえてくれ」

「あら、大量ですね。野菜と一緒に煮込もうかしら」


 持って帰った羽で呂琳の頬っぺたをこちょこちょしてみた。

 キャッキャという笑い声が天井にこだました。

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