第16話 情報が価値を持つ

『反乱が起きた!』


 急報に接した呂青たちは全力ダッシュで村へ帰った。

 これから戦雲が広がるなら、呂布が出陣するはずだった。


 家の前に馬がつながれている。

 呂布がいつも騎乗している黒馬だ。


 家の中へ入ってみると、呂布は戦支度を整えていた。


「ちょうど良い時に帰ってきた、高順。これから戦だ。お前も準備しろ。俺は親父のところに顔を出して、兵を借りてくる」

「はい、殿!」


 英姫が青い顔をしている。

 今回の出陣は急に決まったらしい。


「すまない、英姫。しばらく戻れないかもしれない」


 それから呂布は呂青の肩を叩いた。


「この家では青が唯一の男子となる。お前が母と妹たちを守れ」

「はい、父上!」


 三人の娘にも声をかけると、呂布は長柄の武器を持ち、あっという間に馬上の人となった。

 元から大きい父であるが、こうして騎乗すると更に大きい。


「あのっ! これを!」


 英姫が呂布に駆け寄って小さな木の剣を渡した。

 紐がついており、首から下げられるようになっている。


「お守りです。どうかご武運を」


 呂布はその場で首にかけ、木の剣を鎧の内側へしまった。


「行ってくる」


 呂布を乗せた馬が風のように去っていく。

 後には土埃つちぼこりと呂青たちが残された。


 ……。

 …………。


 次の日から村で立て札を見かけるようになった。

『逆賊を討伐するための兵士を募集する。手柄を立てた者には報奨金が与えられる』という内容だった。


 村の若い男子が三人ほど出兵していった。

 一口に乱といってもその規模を把握している者はおらず、村人の間にも安穏とした空気が流れていた。


 やがて冀州きしゅうから逃げてきた商人の一家が村に一泊した。

 外がどうなっているのか、村人全員が知りたがった。


「とんでもない世の中になった」


 開口一番、商人はそう言った。


 被害が大きいとされるのは冀州、幽州ゆうしゅうなどの東北部や、豫州よしゅう青州せいしゅうなどの東部らしい。

 太守たいしゅ県令けんれいといった地方長官が反乱軍の手によって片っ端から殺されているそうだ。


 南部の揚州ようしゅう荊州けいしゅうでも武力の衝突は起きている。

 地元の有力者が私兵を集めて、何とか持ちこたえている状態らしい。


「あなたはどこへ避難するつもりですか?」


 呂青は率直な質問をぶつけてみた。


益州えきしゅう交州こうしゅうの知人を頼ろうと思う。中原よりはマシだ」


 いずれも辺境とされる土地だ。

 益州の方には土着の宗教があり、太平道の反乱もそこまで規模が大きくない、と商人は教えてくれた。


「そもそも反乱の原因はどこにあるのでしょうか?」

「食う物がないのさ。誰かが餓死するしかない。漢王朝打倒をうたっているが、これは豊かな土地と作物を奪い合うための戦争さ。王朝が倒れたところで、急に食べ物が増えるわけじゃない。だから勝者なんて存在しない」


 商人は憤然として膝を叩いた。


「よく聞け、坊主。これからは情報が価値を持つ時代だ。実力を伸ばしそうな男は誰なのか、次の戦争はどこで起こりそうなのか、情報をたくさん仕入れた者が生き残れる。そのへんは庶民だろうが商人だろうが変わらない」

「ちなみに誰が実力を伸ばすと思いますか?」

「分からない。反乱を鎮められるのは皇甫嵩こうほすう朱儁しゅしゅん盧植ろしょくの三人くらいだろう。皇帝が宦官を一掃して、この三人を重用するなら国は変われる。それが無理なら、地方は漢王朝から独立するだろう。始皇帝より前の時代に逆戻りだ」


 商人の話ぶりから察するに、あまり期待していないのは明白だった。


 情報が価値を持つ。

 その言葉を呂青は胸に刻み込んだ。

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