第33話 上洛の要請

 珍しい人物がやってきた。

 すこぶる上機嫌な丁原である。


 持ってきた行李を開けると、反物や髪飾りといったプレゼントが詰まっていた。


「ありがとうございます、お義父さん。これで白の新しい服を作れます」

「いつも姉のお下がりだと面白くないだろう」


 呂青と呂琳は新しい筆をもらった。


 鳥の毛で作られている。

 肌触りがスベスベしており心地いい。


「ほれほれ〜、蓮〜」

「やめてよ、姉上……」


 呂琳は筆の先っぽを妹の耳に突っ込んで嫌がらせする。


「どうした? 降参するか?」

「だから、やめてって!」


 抵抗する呂蓮の笛が姉の鳩尾みぞおちにクリーンヒット。


「うはっ⁉︎」


 呂琳の口から魂の半分が抜けていった。

 年々おバカに拍車がかかっている気がする。


 丁原は昨年まで戦場に立つことがあった。

 もう五十歳になるので、軍は呂布に任せており、文官としての仕事に専念している。


「それで親父、今日はどんな用件なのだ?」


 酒豪の丁原のため、呂布が酒のかめを持ってくる。


「兵を率いて上洛するよう、中央から要請があった。恐らくなのだが、二年くらい洛陽に家を持つことになる」

「急な話だな。そんなに朝廷の兵は不足しているのか? 西園八校尉を新設したばかりだろう」

「理由は分からない。并州なら兵を出す余裕があると思われたのだろう」


 洛陽に住めるかもしれないと聞いて、呂琳たちの表情は華やいだ。


 洛陽のある河南かなんは人口百万人ほど。

 并州は田舎なので、別世界へ引っ越すくらいのインパクトがあった。


「奉先も一度、洛陽の空気を知っておくといいだろう。人脈を広げておけば何かの役に立つかもしれない」


 無理強いする気はなく、息子夫婦の判断に任せるつもりらしい。


「英姫はどう思う?」

「そうですね……」


 三姉妹はすべて洛陽行きを望んだ。

 ならばと英姫も賛同した。


「青はどうなのだ?」

「一度見てみたい気もしますが……」


 丁原の方へ向き直る。


「差し支えのない範囲で教えてほしいのですが、今回の要請は皇帝から発せられたものでしょうか?」

「いいや、大将軍の何進だ」


 何進の妹が皇后なので、皇帝と何進は義理の兄弟のような関係といえた。


「奉先には洛陽へ率いていく部隊の選定をお願いしたい」

「いくらの兵を連れていく予定なのだ?」

「まずは二千。環境が整ったら三千を追加する。兵たちはしばらく家族と会えなくなるだろう」

「ふむ……」


 英姫が軽食を運んでくる。

 たっぷりと酔った丁原は、孫たちとも談笑した後、一泊してから帰っていった。


「青は何か気になる様子だったな?」


 二人きりの時、呂布が言う。


「この時期の要請なので気になります」

「都の守備を磐石にするためだと親父は話していた」

「もしかしたらですが、何進は宦官を皆殺しにする気じゃないでしょうか?」

「宦官か……」


 呂布としても思うところがあるらしく、あごに手を添えて考えている。


「并州軍にのみ声がかかったとは思えません。袁紹や孫堅や董卓にも声がかかっているでしょう。本当の目的は洛陽に到着してから告げられると思います。計画を知ってしまったら、何進に手を貸すしかありません」

「なるほど。陰謀の片棒を担いでしまうわけか」


 ここが人生の岐路だと呂青は思った。

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