第34話 洛陽での新生活

 十五歳になった。

 洛陽で迎える一回目の新年だった。


 洛陽は大きな街である。

 高いところだと城壁が二十五メートルくらいある。


 東西と南北は十キロ弱。

 碁盤の目のように道路が走っていた。


 区画ごとに住んでいる人が違う。

 商人の街、職人の街、売春婦の街、異邦人の街といった具合にたくさんの表情を持ち合わせていた。


 スラム街とされる区画にも足を運んでみた。

 路地裏には腐った死体が転がっていた上、刃物を持った浮浪者に二回も襲われた(いずれも撃退した)。


 この時代になると天竺てんじくから仏教が伝わっていた。

 洛陽の郊外には有名な白馬寺はくばじがあるし、小さなお寺なら城壁の内側にもあった。

 暇がある時に経典や仏像を見学しようと思っている。


 呂青は一軒の民家を訪れた。

 パッと見だと庶民の住居であるが、順風隊のアジトとして借りている。


「俺だ。飯と金を持ってきた」


 待機中の兵士が出迎えてくれる。


「若殿の新しい家はどうですか?」

「家というより屋敷だな。前に住んでいた家の四倍の広さがある。しかも使用人まで付いている。母と三姉妹は喜んでいる」


 先週、引っ越しを終えたところだ。

 分不相応の暮らしというより、今までが質素すぎた。


「洛陽は物の値段が高いな。あと浮浪者が思ったより多い。治安だけでいうと并州の方が安全だな」

「そうです。貧富の差が大きいのです」


 高級官僚とその家族だけが暮らしている区画もある。

 外から入れるのは医者やお抱えの商人くらい。

 洛陽では唯一治安が良いとされていた。


「袁紹が故郷から兵を集めているようです」

「何人くらいか分かるか?」

「およそ二千です」


 郊外にいる本隊と合流させるのだろう。

 袁紹の故郷は汝南じょなんだから一ヶ月くらいの行軍となる。


「弟の袁術えんじゅつも兵をまとめて洛陽へ向かっています。この袁兄弟を何進は特に信頼しています」

「何進は肉屋の出身だからな。血筋に負い目がある分、名門を味方に付けたいのだろう」


 曹操の動きも気になった。

 今のところ郊外に二千ほどの兵を留めており、すぐに行動を起こしそうな気配はない。


「曹操は宦官の家系だろう。反宦官派の何進や袁紹と対立することはないのか?」

「玉虫色ですね。宦官からも何進からも一定の距離を置いています」

「なるほど」


 西園八校尉に任命される前、曹操は三年ほど故郷で隠遁いんとんしていた。

 何進と宦官をぶつからせて、勝った方に味方する作戦かもしれない。


「孫堅は何進の誘いに応じなかったのか?」

「はい、地方の反乱を理由に断ったようです」


 南方の優秀な人材はこぞって孫堅軍に参加しつつあった。

 黄巾の乱以降、もっとも株を上げたのは孫堅といえる。


「洛陽の食事はどうですか?」

「さっき屋台で食べてきた。洛陽の料理は悪くない」


 并州では滅多に食べない魚を口にできた。

 シンプルに塩で味付けしたかゆも美味しかった。


「これからは許昌きょしょうえんにも諜報の手を広げていこうと思います。そのために土地に詳しい商人と接しています」

「もう計画を進めているのか。もし困っていることや必要な支援があったら教えてくれ」

「困っていることとは少し違いますが……」


 兵士は恥ずかしそうに後ろ髪をかきむしった。


なまりです。我々は并州訛りが強いのです。洛陽に来て初めて知りました。今は都の言葉に慣れようと頑張っています」

「確かにな。并州訛りだと一発で田舎者だとバレるな」


 軽やかな笑い声が民家にこだました。

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