第13話 兄上は天才なのです!

 それから数日後。

 呂布は帰ってくるなり、銀子ぎんすがたっぷり入った袋を見せてくれた。


「青たちが集めた古銭と交換してもらった。また古銭が貯まったら銀子と交換してくれるそうだ」

「わ〜い! やった! やった!」


 呂琳は無邪気に喜んでいる。

 しかし呂青は収穫の多さにびっくりした。


 銀子というのは通貨ではなく銀そのものである。

 買い物する時、いちいち重さを量るのだ。

 金に次いで価値が高いとされている。


 アンティークの古銭(しかも青銅製)に大した値打ちがあるとは思えない。

 なのに本物のシルバーと交換してもらった。


 銀子の袋を持ってみる。

 ずっしりと重い。


 丁原ってお金持ちなんだな。

 気前の良さに舌を巻く。


「青は自分の筆を欲しがっていただろう。良い筆があったから買ってきた」

「ありがとうございます!」


 墨とすずりもセットでもらった。


「琳には髪飾りを買ってきた」

「ありがとう、父上!」


 花の飾りがついたかんざしを呂琳はさっそく髪にセットしている。

 感想を求められたので、


「似合っていると思うよ」


 と当たり障りのない返事をしておいた。


「銀子は英姫に預けておく。たくさん貯まったら馬を買うといい。知り合いの馬商人を紹介してやる」


 呂布が上機嫌そうに言う。


 呂青はもう一度文具セットを見た。

 つい頬がゆるんでしまう。


「ねえねえ、兄上、もっと古いお金を集めようよ。そうしたら本当に馬を買えちゃうよ」

「う〜む、最近は発掘する量が減ってきたからな。もしかしたら取り尽くす日が近いのかもしれない。無限に埋まっているわけじゃないからな」

「えっ〜⁉︎」

「そこでだ」


 呂青は指を一本立てる。


「実は儲かる方法をもう一個考えている」

「本当⁉︎ 教えてよ!」

「明日な。材料がいる。そこへ案内してやる」


 翌日、呂琳を連れていったのは竹林。

 周囲に誰もいないことを呂青は確認する。


「ここで宝探しするの?」

「宝探しではない。でも金になる物がある。分かるか?」

「何だろう……竹と落ち葉くらいしかないけれども……。もしかしてたけのこを集めて売るの?」

「そうじゃない。父上がよく書物を読んでいるだろう。あれは何で作られている?」

「あ、竹だ」

「そうだ。俺たちも書物を作ればいい。有名なやつを複製して売るんだ。勉強とヒマ潰しになるから一石三鳥だろう。筆と墨なら昨日手に入った」


 呂琳が竹と兄の顔を見比べる。


「作れるの⁉︎」

「俺一人では無理だ。だから琳も力を貸してくれ」

「分かった!」


 爽やかな風が吹いて、竹林をさわさわと揺らした。


 ……。

 …………。


 協力者のターゲットに選んだのは高順。

 荷物を届けにきたタイミングを見計らって呂琳がすがりつく。


「ねぇねぇ、高順! 助けて! この後時間ある⁉︎」

「おや、姫様。それに若殿も。何でございましょうか」


 高順は呂布より二歳年長なのだけれども、物腰は柔らかい男だった。


「これは高順にしか頼めないことなのだが……」


 呂青は家から持ってきた書物を見せた。


「俺たちはお金を稼ぎたい。そこで書物を複製して売ろうと思っている」

「ほう、書物を」

「そのためには大量の竹と、竹と竹を結ぶための紐が必要なのだ。高順の知恵を貸してくれないだろうか」

「分かりました。この高順が何とかしてみましょう」

「すまん、助かる」


 高順は三日後にやってきた。

 行李こうりの中には短冊状にカットされた竹が大量に入っている。


「もう竹を用意してくれたのか⁉︎」

「家の裏にたくさん生えておりますから。いつか間引こうと思っていたのです」


 さすが高順。

 呂布が信頼しているだけあって仕事が早い。


「詳しい人に聞いてきました。竹と竹はこのように紐でつなげるそうです」


 やり方をレクチャーしてくれる。

 呂青と呂琳も真似してみた。


「銀子だ。受け取ってくれ」

「いやいや、若殿や姫様のお役に立つのは当たり前です。お金は受け取れません」

「いいから。高順をタダで働かせたと知られたら、後で母上から叱られる」

「それでしたら……」


 銀子を六粒渡したけれども三粒は返された。


「若殿からお金を徴収したとバレたら、私も殿から叱られます。だから半分だけ受け取ります」

「高順……」


 本当に良い奴だな。

 雪山で拾ってもらった恩もあるし、呂青にとってはもう一人の父親みたいな存在といえる。


「しかし、書物を書き写すとして、どの書物を複製するのです?」

「春秋左氏伝にしようと思う。一番売れそうな気がする」

「ですが、原典が手元にないのでは?」

「いいや」


 呂青は自分のこめかみに指を当てた。


「兄上は全部覚えているのです! 天才ですから!」

「なんと⁉︎」


 呂琳の発言を耳にして、高順が思いっきり口を開けた。


「毎日朗読していた時期もあるんだ。嫌でも覚えるさ」

「はぁ……。さすが若殿」


 ちょっぴり謙遜してみたけれども……。

 春秋左氏伝を丸暗記するため、呂青が発狂寸前まで努力していたことは、呂琳だけが知っていたりする。

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