第24話 馬でも媚を売る

 呂青たちは毎日自分の愛馬を見にいった。

 馬の変化については呂琳の方が敏感で、「今日は機嫌が良さそう」とか「昨日、飛電と残雪は喧嘩したのかな?」とか、よく口にしていた。


 馬の知能は高い。

 群れで生活しているからだ。

 呂青が「飛電」と呼びかけると、遠くからでも反応するので、自分の呼称だと理解しているらしい。


「いつも干し草だと飽きないかな?」


 呂琳が唐突にそんなことを口走った。


「どうかな。残雪はいつも美味しそうに食べているぞ」

「草の味しか知らないのかも。試しに他のエサも与えてみようよ」

「ふむ……」


 というわけで家からこっそり葉野菜や根菜を持ち出してみた。


「これって馬も食べられますか?」


 匈奴の青年に聞いたら、


「好きだと思いますよ」


 と返された。


「馬は賢いですから。食べられる物と食べられない物を自分で区別します。鼻先に近づけてみてください」

「なるほど。参考になります」


 さっそく葉っぱを近づけてみた。

 飛電は美味しそうにムシャムシャ食べ始めた。

 それを横目で見ていた残雪が「私も食べたい!」と訴えるように鳴く。


「はいはい、残雪にもあげますよ」


 馬を世話する呂琳は母の英姫と少し似ている。


 父の呂布は相変わらず戦争で忙しい。

 けれども家に帰ってきた時は必ず牧場に顔を出した。

 いつも新しい馬を買ってきて匈奴の青年を喜ばせるのだ。


 この日も呂布は若い馬を五頭連れてきた。


「そろそろ牧場が狭くなってきました。増築しますか?」

「いや、これと同じ大きさのを隣に建てる。それに合わせて人員も増やすさ」

「でしたら故郷の知り合いに声をかけてみます」

「そうしてくれると助かる」


 最初は十頭からスタートした牧場も、この頃になると百五十頭を超えていた。

 一頭一頭に名前がついており、呂青と呂琳はゲーム感覚で記憶していった。


 英姫と下の妹二人も時おり牧場を訪ねた。


「こっちが兄上の馬で、こっちが私の馬なんだよ」


 呂琳が得意そうに説明するのだが、呂蓮も呂白も「怖い!」と言って触れようとしない。

 飛電はワンパクな性格なので、わざと喉を鳴らして呂蓮たちを驚かせていた。


「馬は草食なんだ。噛まれたりしないさ」


 怯えまくりの呂白の肩を優しくポンポンしてあげる。


「もうすぐ乗れるのかしら?」

「はい、来月には」


 英姫の問いに呂琳が答える。


「とても楽しみなんだ!」

「怪我には気をつけてね」

「分かっていますよ、母上!」


 馬を買うと言い出した時、英姫はほとんど反対しなかった。

 子供たちが馬を欲しがっているのを長年見てきたからだ。


 でも、内心穏やかじゃないだろう。


 馬は戦争を連想させる。

 価値がある生き物だから略奪の対象となる場合もある。


 娘たちが寝た後、英姫がこっそり泣いていることを呂青は知っていた。

 先行きの不安で心が千々に乱されるのだろう。


 呂布はあんな性格だから戦争に勝ち続けることが家族のためと思っている。


 英姫も天下の混乱は理解している。

 旦那を応援したい気持ちと、戦争を憎む気持ちで揺れているのだろう。


「見てください、母上。飛電があいさつしています」

「青は馬の気持ちを読み取れるの?」

「琳ほどじゃありませんが……。馬は賢いのです。この中で誰が一番偉いのか理解しています。ゆえに母上にこびを売っています」

「まあ」


 英姫の表情から曇りが消えた。

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