第74話 ステルスの騎馬隊

 呂琳と一緒に夜空の星を数えていた。


「ねぇ、兄上」

「どうした?」

「一個だけ疑問なのだけれども……」


 二人の手元には白湯がある。

 ちょっと土臭い味がするが、肌寒い夜にはご馳走だった。


「こっちは六万で向こうは七万じゃん? 勝つの無理じゃない?」

「ほう……良い点に気づいたな」


 呂琳が軽くパンチしてくる。


「私だって数の大きい小さいは分かる」

「すまん、すまん」


 呂青は低く笑う。


「これは野戦の本質だが、お互い勝てると思うから戦う。もし味方が一万で、相手が十万だったら、琳は戦うか?」

「いや、戦わずに逃げる!」

「じゃあ、味方が五万で、相手が十万だったら?」

「それでも逃げる!」

「味方が八万で、相手が十万なら?」

「それなら戦う……かも」


 そういう呂琳の声は弱い。


「八万で十万に勝つのは難しい。向こうの兵士が疫病にかかるとか、好条件がないと勝ち目は薄いだろう」

「えっ〜! じゃあ、今回は袁紹軍が有利ってこと⁉︎」

「向こうはそう思っている」


 呂青は含み笑いする。

 焚き火の薪がパチンと爆ぜた。


「基本、兵数の大きい方が勝つ。少ない方は奇策を使う必要が出てくる。向こうの指揮官は麴義というのだが、こちらの奇策を警戒している」

「麴義ってどういう武将なの?」

「涼州の出身だ。俺たちの戦い方を熟知している。あと守りが上手くて騎馬隊の突進を苦にしない」

「ひえぇ〜」


 公孫瓚との戦いにおいて……。

 麴義は大楯や兵糧車などの障害物を迷路のように配した。

 罠にかかった騎馬隊を三方向から弓や弩でボコボコにして勝っている。


「でも、麴義にも弱点はある」

「何なの⁉︎ 教えてよ!」

「俺も麴義の手の内を知っている。これが一つ。麴義は大きな成功体験を知ってしまった。これが一つ」

「え〜と……」

「今回だって勝てる。麴義はそう思い込んでいる。もちろん麴義は名将だろう。あらゆる可能性を計算してくる。その上で勝利を確信する。俺はその一手だけ先を行く」

「兄上が格好いい! 何か軍師っぽい!」


 呂琳の目にキラキラと星が浮かんだ。


「ありがとう。琳と話すと気持ちが楽になった。初めての指揮官だから緊張しているのだ。俺は父上の戦いぶりを間近で見てきた。勝利が簡単じゃないことを知っている」

「兄上……」


 夜風で冷たくなった呂琳の手を握る。

 焚き火に照らされる頬はほんのり紅潮していた。


「今日はもう寝るぞ」

「はい……」


 十年前みたいに二人の背中をくっつけて寝た。


 ……。

 …………。


 数日後。

 太原たいげんの地で両軍は相見あいまみえた。


「武器を捨てて降伏しろ」

「そっちが降伏しろ」


 という茶番のようなやり取りを交わした。


 麴義は方形の陣を敷いてきた。

 四方八方どこから攻められても対応する気らしい。


「参りましたな。隙が見当たりませぬ」


 偵察から帰ってきた張遼が言う。

 弱点を見つけるエキスパートが断言するのだから本当に穴がないのだろう。


 一日目は馬超の隊に挑発させてみた。

 麴義は誘いに乗ってこず、パラパラと矢を射かけてきた。


 二日目は徐晃の隊に挑発させてみた。

 元白波賊の兵士があらゆる罵詈雑言を浴びせてみたが、やはり挑発に応じない。


「まるで亀ですな。平地に砦を築く気でしょうか」


 偵察から戻ってきた高順が言う。


 三日目になった。

 呂青は武将を集めた。


「機は熟した。今日こそ決戦だ。麴義の首を討とうと思う」


 呂琳の名を呼ぶ。


「お互いの兵力はいくらだ?」

「え〜と……六万対七万じゃないの」

「いいや、実は七万対七万なのだ。姿の見えない騎馬隊を并州に隠している」


 北に小さな土煙が見えた。

 土煙は段々と大きくなり、雷のような馬蹄の響きまで加わる。


 その軍団は真っ直ぐに戦場を目指してくる。

 袁紹軍がざわざわと忙しく動き始めた。


「漢王室と匈奴は同盟を結んだ。その証だ」


 およそ一万騎。

 これで呂青軍の戦力がそろった。

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