第73話 罪は戦功で贖います

 この世で三番目くらいに恐れていた事が起こった。

 なんと呂琳が騎兵に混じって着いてきたのだ。


「おい! 琳! なんで長安に残らなかった⁉︎」

「だって兄上としばらく会えなくなるもん!」


 すでに黄河を渡って并州にいる。

 今から強制送還するのは難しかった。


「高順も高順だ。内緒で琳を連れてくるなんて」

「すみません、若殿。姫様に弱みを握られてしまい……。この高順、罪は戦功であがないます」


 どんな弱みだよ、と内心で突っ込んでしまう。


 今回は騎馬を中核とした六万で出陣している。

 高順、張遼の二将に加えて、参戦を志願した馬超、徐晃を連れている。


 ごごごごご……。

 呂琳がいるのはマズい……。


 呂布の娘だけあって普通に戦闘力が高いのだ。

 たぶん敵兵の十人くらいなら簡単に射殺してしまう。


 中華の女性は戦場に立たない。

 これは男が口紅するくらいありえない。


 お伽噺とぎばなしとかには男顔負けの烈女が出てきて、戦場で大暴れすることもあるが、あれは完全なフィクションであり、自分も武将になりたいと思う少女はいない。


 でも呂琳は違う。

 大将軍の娘であることを誇りに思い、騎射の腕を磨きまくっている。


「はぁ〜」


 たとえば百年後。

 呂布の名前は歴史に残っているだろう。

 妻が一人いて、養子が一人いて、愛娘が三人いたことも記録される。


 女性の場合、本名が伝わることすら稀で、〇〇の妻、〇〇の母、くらいの情報しか記録されない。


 でも呂琳は違う。

 本物の女性武将になってしまう。

『恐ろしい騎射の腕前を持っており、袁紹軍の将兵を次々と殺しまくった……』みたいな記述が残る。


 さらに百年くらいしたら『火神・祝融しゅくゆう』の生まれ変わりで……みたいな尾鰭おひれが付くだろう。

 呂青は歴史が好きだから、説話はそうやって生まれると知っている。


「自分の命が最優先だからな。あまり活躍するなよ。琳が武功を立てると、びっくりした母上の寿命が縮む」

「はいなのです!」


 姫様がいるせいか高順の兵士も張遼の兵士も楽しそうだった。

 昔から呂琳には周りの人間を元気にさせる魅力があった。


 馬超と徐晃も挨拶にやってきた。


「女性でも戦場に立つとは⁉︎」

「呂琳殿の前世は女仙かもしれぬ⁉︎」


 こうやって新しいフィクションが生まれるのである。


 愛馬の飛電も喜んでいた。

 戦場に残雪がいるのは初めてなので、互いの鼻を近づけて遊んでいる。


 冗談はさておき……。


 千里隊が運んでくれた情報をもとに軍議を開く。

 呂琳も参加したいと言い張ったので、一言もしゃべらないことを条件に許可した。

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