第89話 策士のモチベーション

 袁紹を攻略するにあたり一番問題なのが『どうやって兵士や物資を黄河の向こう側へ送るのか』という点だった。


 総勢四十万である。

 馬、食料、兵器まで含めると膨大な量となる。


 ルートは陸路と水路。

 動員する船は千を超える。

 それらを管理できる人間が必要だった。


 呂青には目を付けている男がいた。


「というわけで物資の輸送管理は賈詡殿に任せたい。膨大な計算を処理できるのは貴殿しかいないと思う」

「いや、無理です」

「理由を教えてくれ」

「私を買い被っています」


 ほの暗い目を向けられる。


 賈詡はモノグサな性格をしていた。

 与えられた仕事は卒なくこなすが、自分の才能をアピールすることはない。


「そもそも執金吾だって過ぎたる地位です。陪臣ばいしんだった私は新参者でしょう。周りから嫉妬されかねません」

「ふむ……」


 賈詡が本気になるのは生命の危険がある時のみ。

 前回だって張繍をコントロールしないと滅んでいた。


「分かった。賈詡殿に見せたいものがある。輸送管理の任を引き受けるかどうか、それを見てから判断してくれ」

「はぁ……」


 呂青は賈詡を家まで連れていった。

 蔵を工作用のスペースにしており、趣味の発明をやっている。


「これは?」

「振り子時計だ。かなり正確に時を刻む。試作品なので不恰好ではあるが」


 振り子には鉄製の円盤を用いている。

 秒針はないが、短針と長針なら付いている。


「この短い針は一日かけて二周する。こっちの長い針は一日かけて二十四週する。夜になって二本の針が真上を向いたら日付が変わる」

「もし昼間に二本の針が真上を向いたら太陽も真南にあると?」

「そうなる」


 賈詡の目から暗さが消えた。

 振り子の動きに合わせて首を左右に振る。


「設計図もある。私の手描きだが。この世に一つしかない振り子時計だ。陛下に献上するつもりだが、賈詡殿に譲ってあげないこともない」

「その代わり物資の輸送管理をやれと?」

「悪くない取り引きだと思う」


 賈詡も好奇心には勝てないらしい。

 様々な角度から時計をのぞいて歯車の形をチェックしている。

 メカは男のロマンだろう。


「非常に面白い。一定の間隔で回り続けるのか。こんな機巧からくりは初めて目にした」

「この時計なら場所を選ばない。かなり便利だろう」


 賈詡が初めて笑った。


「分かりました。輸送管理の大任、この賈詡が引き受けましょう。人手が必要です。若い文官を貸してください」

「とても助かる。兵站へいたんは軍隊の命だからな」


 兵士に手伝ってもらい、振り子時計を賈詡の家に設置した。

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