第88話 紅き龍の旗

 妊娠させてしまった。

 飛電ウマ残雪ウマを、である。


 妊娠のタイミングから逆算するに、并州へ出征した時にランデブーしたらしい。


 全然気づかなかった。

 二頭が夫婦になっていたなんて寝耳に水だ。


「お前は本当に抜け目ないな」


 飛電の体をブラシできれいにする。

 本人は気持ち良さそうに目を細めており『へっへっへ! 好きだった女に種付けしてやったぜ!』と言いたそうな表情をしている。


 愛馬の方が一足先に親となる。

 負けたような気もするが不思議と悔しさはない。


 残雪のお腹は大きい。

 呂琳は毎日様子を見にいっている。


 残雪には気位きぐらいの高いところがあって、オスが寄ってきても蹴ったりするが、飛電にだけは心を許していた。


 呂青としても仔馬の誕生は楽しみだ。

 呂琳と一緒に名前を考えている。


 大人しい性格の子なら劉協に献上しても良さそうだ。

 劉協もそろそろ十五歳だから乗馬に興味があるだろう。


「今度は冀州へ遠征だ。初めての土地だな。頼むぞ、飛電」


 荒い鼻息が飛んでくる。

 買ってきた野菜や果物を口まで運んであげた。


 ……。

 …………。


 揚州にいる順風隊から情報が届いた。

 孫策が連戦連勝しており独立勢力を圧倒していた。


『孫策と和解したい。朝廷が仲裁役になってほしい』


 そんな手紙が複数送られてきた。

 王允が甥っ子の王淩おうりょうを南へ派遣したので、孫策もいったん矛を収めている。


 王淩は交渉役を上手く果たしている。


 結果として劉繇りゅうよう王郎おうろう劉勲りゅうくん許貢きょこうといった諸侯が長安へやってきた。

 また道中で蒋済しょうさい劉曄りゅうようなどの知識人をリクルートしている。


 朝廷の人材もかなり充実してきた。

 荀攸らは財政の立て直しに忙しく、曹操征伐にかかった費用を見せると、


『大きな戦争をやるのは三年に一度くらいにしてほしい!』


 と呂布に文句を言ったが、


『陛下が荀一族の働きを褒めていた』


 と聞くと以前にも増して働くようになった。


 文官と武官の対立はいつの時代もある。

 今は比較的少ないだろう。


 漢王室再興という目標に向けて団結しているからだ。

 老臣の皇甫嵩、朱儁、盧植が生きており、若い才能を見守っているのも大きかった。


 この日、文武百官が玉座の間に集められた。

 呂青も父のお供として参加させてもらった。


 呂布の名が呼ばれる。

 劉協の前に片膝をつく。


「呂布将軍にこの旗を託す」


 紅い龍の旗が渡された。

 漢王室は火徳なので国家をイメージしている。


「戦場に立つのは武官だ。しかし文官だって命を削って戦っている。そのことを皆の胸に刻んでほしい」


 呂布は旗を受け取った。

 長安で軍事パレードがあり、庶民にも紅い龍が披露された。


 以降の歴史において大将軍が遠征する際、皇帝から『紅龍旗こうりゅうき』を借り受けるのが通例となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る