第90話 帰るべき場所がある

 呂琳が木剣のお守りを作ってくれた。


 十本目である。

 ちょっとした軍務でも彫ってくれるのだ。


「今回が一番上手い気がする」

「本当⁉︎」

「ああ、嘘は言わない。木目もきれいだ」


 いよいよ明日には出陣である。

 結婚したのに会えない日の方が多いから申し訳ない。


「また寂しい思いをさせるな」

「ううん、大丈夫。いつでも母上や蓮や白に会えるから。みんなで武運を祈っている」


 呂青は小さな箱を取り出した。

 中に入っているのは銀色の髪飾り。


「長安に腕のいい職人がいてな」

「その人に作ってもらったの?」

「こっそり弟子入りしている。技術を教えてもらったのだ。自分でも金属を加工できるようにな」

「まさか兄上の手作り⁉︎」

「まだ未熟だろう」


 呂琳は首を横に振った。


「とっても嬉しい! 兄上って昔から器用だよね!」


 髪飾りには花弁のチャームを付けてある。


蝋梅ろうばいの花だ。慈愛という意味がある。琳にはお似合いだと思う」

「すごいすごい! 金属とは思えないくらい美しい!」


 妹の頭に髪飾りを挿してあげた。


「おかしくないかな?」

「大人っぽい感じがする。琳はもう子供じゃない」

「えへへ」


 呂蓮や呂白に会いにいくと『なんか姉上の雰囲気が変わった⁉︎』と驚かれたりする。

 すると英姫が『結婚したからね』と横で微笑む。


「ねぇ、兄上。変なこと言ってもいい?」

「どうした、急に?」


 呂琳は自分のお腹に手を添える。


「今回こそ妊娠した気がする」

「またそれか。先月も言っていたな」

「本当に手応えがあるの」


 肘でグリグリされる。

 愛馬の残雪に先を越されたのが悔しいらしい。


「琳の出産には立ち会いたい。くれぐれも体を大切にな」

「体を大切にって……それは私の台詞だよ」


 左腕をつかまれた。


「腕の傷、消えないね」

「ああ、これか……」


 孫策に斬られたやつである。

 もう五年くらい前だろう。


「骨が見えたんだよね。斬られた時、痛かった?」

「どうかな。生きることに夢中だった。初陣だったからな」


 あの時は孫堅も袁術も董卓も生きていた。

 呂布軍も五千くらいの規模だった。


 変わったと思う。

 少しだけ世界は良くなった。


「兄上って定期的に死にそうになるから。それだけが心配」

「言ってくれるな、琳よ……」


 一番のピンチは董卓に斬首されかけたやつ。

 劉協が止めてくれなかったら確実に殺されていた。


「私、昔は男に生まれたら良かったと思っていた。そうしたら父上や兄上と一緒に戦えた」

「琳……」

「でも、今は女に生まれて良かったと思っています。兄上の帰るべき場所になれたから。兄上は私の自慢で、いつだって格好いいのです。兄上の活躍を聞くのが一番の楽しみです」

「真顔で言われると恥ずかしい。俺が照れてしまう」


 寝衣にくるまれた肩を抱き寄せて、髪にキスを落とす。


「ずっと父上の背中を追いかけてきた。琳に認められたということは、父上に近づけた証拠だろう。そう思うと嬉しい」

「うん……」


 柔らかな月明かりが二人分の影を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る