第91話 想いを胸に、冀州へ

 黄河の渡し場へやってきた。

 賈詡が過労死レベルの働きをしてくれたお陰で、あらゆる兵士と物資がスムーズに移動している。


 出発前に賈詡とは会っている。


『父上も賈詡殿の働きに感謝していた』


『どうして天下統一を急ぐのです。敵が仲間割れするのを待つ手もありましょう。ゆっくりと血を抜くように土地と人材を奪っていく方が確実なのでは』


 呂青は苦笑いした。


『中華全体の体力を考えた場合、一戦で終わらせたいという判断だ』


『まあ、私も若くありませんから。生きている内に太平の世を見るのも悪くありません』


『そうなるよう最善を尽くしてくる』


 賈詡に限らず文官たちの目はギラギラしていた。


 たくさんの船が次々と入ってくる。

 渡し場でも多くの同僚と会った。


「やあ、呂青殿」

「華雄殿も順番待ちでしたか」


 戦場にいる華雄は荒々しいが、普段は別人みたいに穏やかで、寡黙な軍人というイメージがある。


「昔、呂青殿に命を救われた。そのことを思い出していた」

「懐かしいですね。孫堅軍との戦いでしょう」

「かなり苦戦した。それまで賊の寄せ集めとしか戦ってこなかった。孫堅軍は組織化されていた。呂布軍と二強だったと思う」

「父上も孫堅の戦い方はよく研究されていました」


 董卓が滅んだ後、安心して一軍を任せられる将として華雄は活躍してくれている。


 華雄の乗り込む船がやってくる。

 その姿が点になるまで見送る。


 次に会ったのは李粛である。

 呂布が董卓の下で我慢していた時代、一緒に耐えてくれたのが李粛だった。


「いよいよだな、呂青殿」

「これまで長かった気もしますし短かった気もします」

「呂布はいつか天下に羽ばたく男だ。昔からそう思ってきた。それが現実となって俺は嬉しい。三年で天下統一すると皆の前で誓った。この男ならできるだろうと思わせる何かを持っている」

「分かります。父上は兵士らの誇りでもあります」


 呂布奉先といえば最強の代名詞として長安の子供からヒーロー扱いされていた。


 一撃で敵将をぶった斬る。

 飛んでくる矢を素手でキャッチする。

 武勇を示すエピソードには事欠かない。


「呂青殿も成長したな。血はつながっていなくても呂布の息子だ。あの世の丁原殿も喜んでいるだろう」

「ありがとうございます」


 李粛を乗せた船が出発する。

 入れ替わるようにして於夫羅の部隊がやってきた。


 呂青は兵士の一人に声をかけた。

 出身地はどのあたりか質問してみた。

 そこに於夫羅がやってきて目を丸くする。


「呂青殿は匈奴の言葉が分かるのか⁉︎」

「家の近所に匈奴の若者が住んでいたのです。父の牧場で働いていたので頻繁に会っていました」


 その青年から言葉を習っていた。

 よく使う単語くらいは知っており、カタコトなら話せる。


「今の匈奴はいくつかに分裂している」


 於夫羅が真剣な面持ちでいう。


「そして鮮卑が匈奴の土地を狙っている。私はそれを阻止したい。匈奴同士で争えばどんどん住むところが奪われていく」


 於夫羅は漢王朝と同盟を結んだ。

 この男なりに民族の将来を思っている。


「次の一戦が終われば漢王朝は統一される。でも匈奴の戦いは終わらない」

「我々も支援します。一緒に鮮卑と戦いましょう」


 於夫羅の乗る船がやってくる。

 匈奴の言葉で『また会いましょう』と告げておいた。

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