第70話 お似合いのカップル

 ある日、呂青が仕事から帰っていると、とある屋敷から出てくる貴婦人を見つけた。


「お疲れ様です」

「ああ……ものすごい美人がいると思ったら蓮か」

「うふふ、兄上は口が達者ですね」


 成長するにつれて呂蓮は若かりし頃の英姫に似てきた。

 長安では評判の美少女だったりする。


 屋敷を見上げた。

 蔡邕の家である。


 蔡邕は六十歳を超えるおじいちゃんであるが、子宝に恵まれたのは遅く、呂青よりも若い娘が二人いる。


 上の娘を蔡文姫さいぶんきといった。(蔡昭姫とも)

 父に似て非常な文化人であった。


「蔡邕殿は何をしているのだ?」

「歴史書の編纂に熱中していますね。蔡文姫殿も手伝っているようです」


 蔡文姫は音楽にも精通しており、呂蓮は手ほどきを受けている。


「兄上は并州を巡ってきたのですよね。久しぶりの故郷はどうでしたか?」

「長安と違って草原がひたすら広がっていたな。あと父上の馬牧場が大きくなっていた」


 最初は百頭から始めた馬牧場も、今では五千頭までに増えている。

 孫策から『馬が欲しい』という要請があり、三百頭を届けたばかりだ。


「匈奴の族長とも会ってきた。漢王室が混乱していたせいで、しばらく交流が途絶えていたのだ。そろそろ再開させたいと思う」

「兄上はよく働きますね。体が三つあると噂されています」

「いや、体は一つさ」


 呂青は人と会うため長安を駆け回ることが多い。

『さっき呂青を見かけた』という証言が異なる二箇所で同時に報告されたりする。


「兄上がしばらく留守でしたから、姉上が寂しそうでした。一緒に付いていけば良かったとボヤいていました」

「軍務だからな。琳を伴うのは危険すぎる」

「しかし姉上は並の兵士より強いです」

「うっ……確かに……」


 呂琳は騎射ができた。

 これは異民族のテクニックで、走る馬の上から弓を射るのは呂青でも難しい。


「これから遠征が増えるのですよね。父上が不在の時に兄上もいないのは私も寂しいです。早く世の中が治ってほしいです」

「三年以内だ。天子様にはそう誓っている」

「応援しております」


 呂蓮は愛らしく微笑んだ。


 ……。

 …………。


 呂布が悩んでいた。

 食後、腕組みしたまま目を閉じている。


「う〜む……」

「どうされました、父上?」

「天子様もそろそろ十四歳になられる。誰を皇后に立てるか検討しないといけないのだが、俺はこの手の人選が苦手なのだ」


 皇后の父は外戚として一定の権力を持つ。

 漢王朝はこの外戚に苦しめられた過去があるので野心のない人物が望ましい。


「候補はいるのですか?」

「何人か」


 最右翼は呂蓮だった。

 呂布の娘なら劉協も気に入るだろう、という判断らしい。


 しかし呂布は難色を示していた。

 独裁者になりたくないのもあるし、


「蓮はお人好しだからな。善人と悪人を正しく見抜ける人間じゃないと佞臣ねいしんにつけ込まれる気がする」


 というのが一番の理由だった。


「でしたら最適な女性がいます。蔡邕殿のご息女はどうでしょうか」

「ああ……」


 呂布の顔色が明るくなる。


「よくぞ提案してくれた、青。言われてみれば蔡文姫殿が一番相応しい気がする。しかも蔡邕殿は野心の欠片も持ち合わせていないからな」


 さっそく蔡家に話を持ちかけた。

 しかし蔡文姫は『自分が歳上であること』を理由に断った。

 それでもお願いすると、一度劉協と会ってみるという話になった。


 二人はすぐに惹かれ合った。

 劉協は蔡文姫の弁舌と博識さを愛した。

 蔡文姫も劉協の温和な人柄に惚れた。


 二人は歴史好きという共通点もあり、放っておくと一日中おしゃべりしそうな勢いだった。

 つまりお似合いのカップルなのである。


 実際に蔡皇后が冊立されるのはもう少し先の話である。

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