第64話 三日も会わないなんて……

 呂青を騎都尉きといにしよう。

 そんな話が持ち上がっていた。


 騎都尉というのは都を守護する官職である。

 石高は比二千石とされており、過去には曹操、丁原、呂布が出世の足がかりとしてきた。


「私より適任な男がいます」


 呂青は固辞した。

 そして馬超を推薦しておいた。


 馬超軍の兵士は異民族の血が混ざっている。

 馬の扱いを得意とする者が多く、騎都尉には馬超こそ相応しかった。


 呂青は代わりに門侯もんこうに任命してもらった。


 長安には十二の門がある。

 門を守る指揮官が各々に配置されている。

 門侯は六百石の役職とされていた。


 後日、馬超から感謝の手紙が送られてきた。

『騎都尉を拝命したのも嬉しいが、自分は比二千石で呂青殿は六百石だから驚いた』と書かれていた。


「あはは、馬超殿は律儀だな」


 隣で書物を読んでいた呂白が顔を上げる。


「どうして三代で騎都尉にならなかったのですか?」

「門侯の方が楽チンなのだ。俺はお祖父様や父上を見てきたから知っている」

「まあ……」


 他にやるべきことが何個もあった。


 まず銅を集めることにした。

 銭を鋳造するのに必要なのだ。


 金属の産地といったら益州なのだが……。

 交易がストップしており、そのせいで貨幣の質が落ちている。


 益州の劉焉から使者が送られてきた。


『皇帝がどうしても欲しいというのなら銅を売ってやらんこともない。しかし、銭がないから銅が必要なのに、銅を買うための銭はどうやって工面するのだろうか?』


 使者の態度は中々に横柄だった。


「劉焉め、皇帝になった気でいやがる」


 使者が帰った後、呂青は舌打ちする。


 順風隊に益州のことを調べさせた。

 すると劉焉が天子用の馬車を作らせていると知って呆れた。


 百倍くらいマシなのが荊州の劉表だった。

 わざわざ重臣の蒯越かいえつを使者として送ってきて、董卓の滅亡を祝ってくれた。


「劉表殿は天子様の味方なのか? それとも袁紹や曹操の味方なのか?」


 王允が問いかける。


「無論、天子様の味方である。あと劉焉と一緒にしないでほしい」


 蒯越は劉表の野心を否定した。


 ……。

 …………。


 ちょっと疲れた、と呂青は思った。

 誰が敵とか、誰が味方とか、パズルみたいに組み立てるのは大変である。


 董卓との戦いはシンプルだった。

 この男の首を討てばいい、という単純な目標があった。

 李傕も郭汜もその息子も明らかに殺すべきターゲットだった。


 この先は違う。

 他の勢力を片っ端から殺していったら、この国は本当に終わってしまう。

 三年で天下統一なんて無理だろう。


 殺す数は小さく抑える。

 なるべく帰順させる。


 そのための情報はいくら集めても足りなかった。


「なんか疲れているね、兄上」

「ああ、琳か……」


 妹を近くに呼んだ。


「琳にお願いがあるのだが」

「どうしたの?」

「膝を貸してくれないか」

「いいけれども……」


 妹に膝枕してもらった。


「これって気持ちいいの?」

「まあな。琳は女の子だからな。脚が柔らかい」

「いやいや、私の脚は硬いでしょ。太い太いって言われるもん」

「男より柔らかい。ジャジャ馬だろうが琳は女の子だ」


 呂琳は恥ずかしそうに前髪をいじくる。


「兄上さは……」

「ん?」

「いや、何でもない!」


 庭の梢がさわさわと揺れた。

 すると并州の田舎で暮らした日々を思い出した。


「もう五年だな。并州を離れて」

「うん」

「蓮や白は虫を嫌がった。でも琳は俺と一緒に遊んでくれた。馬の練習もたくさんやった。初めて街へ行ったのも琳が一緒だった」

「そうだね」

「琳と過ごしている時間が一番長いんだな。昔だったら三日も会わないなんて考えられなかった」


 呂青は浅い眠りに落ちていった。

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