第63話 大将軍の娘なのだ!

 十九歳になった。

 何進が亡くなってから空位となっていた大将軍に呂布が任命された。


『三年で中華を統一してご覧に入れましょう』


 呂布は皇帝の前で誓った。

 なぜ三年なのか? と劉協が尋ねた。


『項羽は三年で天下の大半を統一しました。今の朝廷を見てみると項羽の幕僚より人材が充実しています』


 と良い感じの返しをした。

 これを聞いた文武百官のモチベーションも上がった。


 呂布は他人をリスペクトするから人心掌握に長けていたし、武官の声にも文官の声にも等しく耳を傾けていた。


 ある日、呂布に媚を売った人が、


『肉屋の大将軍(何進のこと)とは違いますね』


 といって持ち上げたが、


『私も丁原に拾われる前は肉を売り歩いたことがあります。肉を捌く技術なら何進に負けませんよ』


 といって宴会の場で本当に羊肉を捌いてしまった。

 このエピソードを聞いた劉協は『朕も呂布が捌いた肉を食べたかったな』と子供っぽい感想をこぼした。


 内が固まったら次は外だ。

 つまり外交である。


 呂青が家で地図を広げていると呂琳が寄ってきた。


 父の大将軍就任を一番喜んだのは呂琳である。

『大将軍の娘・呂琳様』という肩書きが気に入ったらしい。

 理由と問うと『強そうだから』と返された。


 呂琳は相変わらず弓と馬を好む。

 そのせいで『十九歳までに一件も縁談の話がこない』という長安三大怪奇レベルのネタを提供していた。


 というのは笑い話だが『董卓の幽霊が出た!』という情報は月に二回くらい小耳に挟んだ。

 お金を渡すと幽霊は消えた、というのがオチである。


「兄上〜。おやつを買ってきたよ〜」

「おう、助かる」


 長安には呂琳の大好きな柑子がない。

 代わりに干したザクロやナツメを愛食している。


「何をやっているの?」

「外交について考えている。味方になりそうな勢力と敵になりそうな勢力を色分けしている」


 呂琳はキョトン顔になる。


「董卓を倒したから天下は天子様のものじゃないの?」

「独立勢力が多いからな。天子様の土地と呼べるのは全体の五分の一くらいなのだ。ここと、ここと、ここ」


 司隷しれいと一部と、涼州の一部と、并州の一部である。


「天子様には強みがある。血筋だな。劉表りゅうひょうとか劉焉りゅうえんとか劉繇りゅうようとか、王室にゆかりのある諸侯は力を貸してくれる……と信じたい」


 天子の強みはもう一個あって、敵対する者に逆賊のレッテルを貼れるのだが、それは呂琳に教えないでおいた。


「手を組むなら南方の孫策がいい」


 この時、孫策は袁術の部将である。

 十九歳になり独立を考えているが、袁術としても孫策を飼い殺しにしたいので、二百の兵力しか与えていなかった。


「袁術は悪い奴なの?」

「皇帝になりたがっている。孫策が持っていた玉璽を没収したからな。玉璽を天子様にお返しするよう使者を送ったが、知らぬ存ぜぬを貫きやがった」

「取り返さなきゃ!」


 袁術を弱体化させるには孫策を強くするのが一番の近道だった。

 順風隊に金子の袋を持たせて孫策に届けさせている。


 金さえあれば一千くらいの兵は集められる。

 兵が集まれば旧孫堅軍の部将も集まる、という流れだ。


「琳は知らないだろうが……」


 呂青は地図を折り畳む。


「大将軍という官位は臨時なのだ。あと三年して世の中が落ち着いたら、父上は大将軍じゃなくなっている。つまり琳も大将軍の娘じゃなくなるだろう」

「えっ〜!」


 呂琳は露骨にガッカリした。

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