第36話 皇帝、崩御する

 皇帝が薨去こうきょした、という報告が入ってきた。

 特大ニュースを教えてくれたのは順風隊だった。


「後継者は?」

「まだ決まっておりません。長幼の序に従い、兄が選ばれると見られています」


 兄の劉辯は十四歳だった。

 弟の劉協がまだ九歳なので妥当な選択という気がする。


 とにもかくにも皇帝は後継者を指名せずに死んでしまった。

 一歩間違えれば数万という命が散るだろうに……。


「これで中央の政治はしばらく乱れるな」

「ええ、権力闘争が激しさを増すでしょう」


 呂青が注目しているのは老臣である皇甫嵩、朱儁、盧植らの動きだった。

 皇甫嵩と朱儁は反乱の鎮圧に奔走しており、かろうじて盧植が一致団結を呼びかけていた。


 もどかしいと思う。

 大将軍の何進には軍功らしい軍功がない。

 若手の実力者を束ねられるのは実績十分の皇甫嵩や朱儁しかいないが、二人は折悪おりあしくも洛陽を留守にしている。


 累卵るいらんの危うきという言葉を思い出した。

 今日の漢王朝のような状態を指すのだろう。


「ちょっと父上と話してくる」


 呂青が部屋を訪ねると、呂布は書物を読んでいた。


「青か。どうした。穏やかじゃないな」

「帝が崩御されたようです」


 呂布の耳がピクリと動いた。


「それは誠か?」

「三日もすれば洛陽中が知ることとなりましょう」

「ふむ、青が心配していた通りになってきたな」


 問題なのは身の振り方である。

 本拠地の并州はやや遠いから、何か起こってからでは孤立しかねない。


「いずれ態度を決める必要があると思います」

「宦官に付くか、何進に付くか、この二択しかないか」

「どちらも危険だと思います。宦官は武力を持っておりませんし、何進が動かせる兵力には限りがあります」

「共倒れになる可能性があるというわけか」

「そうです」


 洛陽の郊外には丁原軍五千が留まっていた。

 出撃の命令が一度あったが、八百の賊が相手だったので、ほとんど交戦せずに勝利している。


「我が軍の五千はいずれの勢力から見ても魅力的だと思います。近頃、お祖父様のところに使者がやってきませんでしたか?」

「たくさん来たぞ。何進からも送られてくるし、皇后……いや、皇太后からも送られてくる。袁紹や董卓の使者も出入りしている」

「董卓の?」

「兵糧が足りないから少し融通してほしい、という頼み事だった。親父は快く応じたが、董卓は礼として美女を送りつけてきた。『孫娘くらいの年頃の女を抱けるわけないだろう!』と怒鳴りつけて使者を送り返した」

「あはは……」


 いかにも粗野な董卓が考えそうな事だと思った。

 兵糧うんぬんは口実で、丁原がどういう人物なのか、探りを入れるのが目的だろう。


「これから朝廷は混乱します。態度を決めるのは得策じゃないと父上からお祖父様に進言しておいてください」

「そうだな。親父は情に訴えかけられると弱いところがあるからな」

「場合によっては洛陽を離れるのも一案です」


 病気とか反乱とか、理由はいくらでも捏造できる。


「青が思うに、俺たちが手を組むなら誰がいい?」

「遠交近攻に従うのがいいと思います。味方に付けるなら南方の孫堅や劉焉りゅうえんが候補でしょう」


 劉焉は皇室に連なる血筋だが、益州えきしゅうの豊かさに目をつけて独立国を築こうとしていた。


「あと田舎者同士という意味で、韓遂や馬騰とは気が合うかもしれません」

「ふむ、一理あるな。どうも袁紹や袁術といった連中とは仲良くできそうにない」

「おっしゃる通り、袁紹らは家門のためにしか戦わないでしょう。国家のために戦うのが誰なのか、いずれ判明すると思います」


 呂青は臣下のように一礼してから引き下がった。

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