第50話 孫堅との駆け引き

 孫堅の指揮は巧みだった。

 呂布がいくつか部隊を蹴散らしても、すぐに傷口を修復してくる。


 何人か優秀な将がいて、ダメージを受けた小隊を下がらせて別の小隊と入れ替える、というような判断を素早くこなした。


 奇抜なことは何一つやっていない。

 しかし一個一個の動きが洗練されている。


「孫堅を倒すのは骨が折れそうだな」

「ええ、袁術の三万とは比較にならないほど厄介ですよ」


 張遼は相手の弱点を見極めるのが得意だ。

 その目が細められる。


「やや強引ですが、突破してみましょう。槍は無理に振ろうとせず、敵兵に向けておくだけで十分です」


 孫堅軍の中に突っ込む。

 別の地点から脱出する。

 そんな動きを何回か繰り返した。


 大打撃を与えられるわけじゃないが、華雄軍が立て直すための時間は稼げる。


「孫堅が兵士に後退を命じていますね」


 張遼が槍で地平を指し示す。

 約一万の兵士をまとめた胡軫が到着したのだ。


 孫堅の二万は孤立した。

 そのことを本人も自覚しただろう。


 孫子の兵法には何と書いてある?

 大人しく退却すべき場面じゃないか?

 広い空の下にいるであろう孫堅に問いかける。


 ピリピリした時間の先にこの日のハイライト場面が待っていた。


 呂布の五百騎が襲いかかる。

 すると孫堅も五百騎を率いて真正面から応じたのだ。


 呂布と孫堅の距離が一気に詰まっていく。

 二つのエネルギーがもろに衝突した。


「孫堅!」

「呂布!」


 画戟と剣が火花を散らした。

 一瞬だけ世界がスローモーションになった。


 呂布の一撃を受け止めた孫堅は兜こそ失っていたが体は無傷らしい。


 敵ながら天晴あっぱれである。

 呂青ですらそう思うのだから、孫堅軍の気炎はピークに達しただろう。


「無謀な賭けだろう。孫堅らしくない気がする」

「しかし孫堅軍の士気は高まりました」


 そこから先は激戦だった。

 呂布、高順、張遼、華雄、胡軫を相手にしても、孫堅軍の将兵は怯むことなく応戦してくる。


 パラパラと弓矢が降ってきた。

 呂青は槍で何本か弾いた。


「危険です、若殿。ここは友軍に任せて下がりましょう」

「そうだな」


 五人の衛兵と共に戦場の中心から遠ざかる。


 移動している六騎が見えた。

 孫堅軍の将校だろうか。

 先頭にいる男は若い。


 六騎は途中で向きを変えて、呂青がいる方向に突っ込んできた。

 ちょうどいい獲物を見つけたと判断したらしい。


「舐められたものだな。あるいは腕に相当の自信があるのか」

「いかがしますか、若殿」

「ここで背中を見せたら呂布軍の名が廃る」


 飛電も同じことを考えたのか荒い鼻息を吐いた。

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