第19話 并州に呂布あり!

『并州刺史が敗死した』というショッキングな急報が入ってきた。

 地元の司令官の訃報に接したことで、村人は恐怖に震えたし、英姫は一瞬気絶してしまった。


 翌日には新しい情報が入ってきた。


 どうやら并州刺史と丁原は別々に軍を動かしていたらしい。

 壊滅したのは本隊の方で、残りの部隊は戦闘を継続しているとのこと。


「生き残った兵を丁原軍がまとめている。幽州の黄巾軍を押し返しているよ」


 戦地から逃げてきた商人が教えてくれた。


「良かったですね、母上! お祖父様と父上は健在ですよ!」


 呂琳が励ますと、英姫は額に手を当てて天を仰いだ。


「もしかして、丁原殿の親族なのか?」

「そうです! 私たちは呂布奉先の家族です!」

「何ということだ……」


 商人は金子きんすがたっぷり入った袋を呂琳の手に握らせた。


「幽州の街道が黄巾軍に占拠されていた。呂布隊が切り開いてくれなかったら、たくさんの人々が命を落としていた」

「いや……しかし……お金は受け取れません」

「黄巾軍に奪われかけたお金だ。戦費の足しにしてくれたらいい」

「え〜と……」


 視線を向けられた呂青は、妹の代わりに袋を受け取った。


「いったんお預かりします。もし父が要らないと言えば、後日お返しします。お名前とこれから避難する先を教えてもらってもよろしいでしょうか」

「もちろん」


 この先、お金はいくらあっても足りないだろう。

 商人とのコネクションは大切にしておきたかった。


 村に一泊した後、商人一行は出立していった。


「お兄ちゃん、あのお金、本当に受け取っちゃってよかったの⁉︎ 後で父上から叱られても知らないよ⁉︎」

「琳は気にしなくていい。父上には俺一人が叱られる」

「そういう問題じゃなくて!」


 呂琳が詰め寄ってくる。


「お祖父様や父上は勤王のこころざしで戦っているんだよね? お金のために戦っているわけじゃないんだよね?」

「もちろん、お金のために戦っているわけじゃない」


 が、お金がないと兵士や武器を集められない。

 それを十歳の呂琳に理解させるのは骨が折れそうだ。


「なんか納得できない!」

「たとえばの話だが……」


 呂青は片手を刃物に見立てて、もう片方の手に当てた。


「今回の戦いで片手を失った兵士がいたとする。片脚でも片眼でもいい。戦争が終わったからといって、手ぶらで故郷に帰すのは可哀想だろう」

「それはそうだけれども……」

「本来なら漢王室が見舞金を出したらいい。でも肝心の国庫が空っぽなんだ。今回もらったお金は負傷した兵士のためにも使われる」


 呂琳がふくれっ面になった。

 この世の理不尽に対して怒っているようだ。


「今回の反乱が治まっても、世の中は平和にならないんだよね?」

「残念ながら平和にならないだろうな。今の漢王室には実力がないと天下の民にバレてしまった。帝が交代すればいいとか、単純な話でもない」

「むぅ〜」


 不服そうにしている呂琳の肩を叩いておいた。


「父上たちの無事を祈ろう。天下が乱れたら、必ず誰かが平和をもたらしてきた。この一千年の歴史が証明している。もしかしたら、次に平和をもたらすのは父上かもしれない」

「本当⁉︎」

「父上は本当に強い。軍を指揮するのだって上手いんだ。全土に名を知られるのも時間の問題さ。だから琳は父上を応援したらいい」

「うん! 応援する!」


 全土に名を知られるのも時間の問題……。

 口から出まかせで言ったつもりが、すぐに現実となってしまった。


「并州は被害が少ないから良いですな」


 激戦区から逃げてきた商人がそんなことを口走った。


「幽州や冀州で敗走した黄巾軍の残党が并州へなだれ込もうとしました。しかし呂布隊がすべて押し返したのです。呂布隊がにらみを利かせているので、賊は并州へ入れません。『并州に呂布あり!』ですよ。呂布隊の旗が見えただけで、賊の残党は裸足で逃げ出すそうです」


 このエピソードを聞いた呂琳は手を打って大喜びした。

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