第93話 孫呉の兵と父親の兜

 孫策の軍勢が到着した。


 呉郡を出発した時は八万ちょっと。

 それが途中で兵士を募って十三万に膨らんでいる。


「よう! 久しぶりだな、呂青殿!」

「五年ぶりだ。健勝そうで何より」

「大きくなったな。あの時は子供だった」

「お互い様だろう。孫策殿も今より小さかった」


 相変わらずの快男児である。

 南方の人は底抜けに明るいというが、孫策はその典型だろう。


「弟を連れてきている。けん坊だ」

「兄から話は聞いております」


 折り目正しく一礼したのが幼き孫権である。

 孫策より七つ若いが、年齢の割に背が高い。


 その後ろには少年の陸遜りくそんもいた。

 サイズの合っていない鎧を健気にまとっている。


「孫策殿とは過去に一騎討ちした仲だ。二人とも初陣で、結果は引き分けだった」

「そうなのですか⁉︎」

「おうよ」


 孫策が左腕の傷を見せる。

 これは偶然なのだが、傷の位置も大きさも二人は一緒だった。


「私なら孫策様に立ち向かうのは無理です。初陣なのに怖くなかったのですか?」


 陸遜が質問してくる。


「不思議と怖くなかった。戦場に父上がいたからだろう」


 孫策の持っている兜には見覚えがあった。

 大きな傷が一つ、目立つところに走っている。


「まさか、その兜は……」

「あの日に親父が被っていたやつだ。呂布将軍に付けられた傷が残っている」


 孫策が兜を頭にのせる。

 すると死んだはずの孫堅が立っているような錯覚がした。


「親父は乱世を終わらせるために戦っていた。今回の合戦は俺たち親子の戦いでもある」

「頼りにしている。明日は軍議だ。たくさんの英雄が一堂に会する」


 孫策軍の武将とも挨拶させてもらった。


 周瑜や魯粛とは一度会っている。

 たくさん遠征を重ねたせいか二人とも日焼けしている。


 宿将の程普ていふ韓当かんとう黄蓋こうがいとは初めて会った。

 ちょうど父親くらいの世代である。


 呂蒙りょもうもいた。

 年は呂青より下だが、十五歳で賊退治に出かけた荒れくれ者であり、すでに猛者のオーラを放っている。


「呂蒙は文字の読み書きができねえからな。出世しても千人隊長が限界だぞ」


 孫策が冷やかすと、


「母一人を養うにはそれで十分です。腕っぷしだけが取り柄ですから」


 とぶっきら棒な口調で返した。

 呂蒙のように低い身分に生まれた場合、戦争がほぼ唯一の出世チャンスなのである。


 他には周泰しゅうたい太史慈たいしじらと会った。

 彼らは孫策の代になって仕えた武将で、加入から一年と歴は浅いが、数多くの武功を打ち立てている。


「お前ら! もうすぐ天下の大喧嘩だ! 北の奴らに俺たちの強さを見せつけてやろうぜ!」


 南の旋風が華北の地にやってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る